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その思い、どしゃ降り





雨がしきりに窓ガラスを叩く、夜半の頃。
静かな前触れは退場し、夜と共に嵐がやってきた。しかし自然界の一現象を気にする者など、今この部屋にはいない。
「ふっ、あっ…!」
切れ切れの声は雨音と風のいななきにかき消されるかと思われたが、密着したリヴァイの耳朶へ呆気なく届く。
ベッドの上では、熱が二人の男を支配している。
「はっ…、んん、」
慣れた熱、慣れた動き、慣れた逞しさ、力強さに、未だにエレンの身体は翻弄される。今だって、焦らすようにわざと前立腺を避けて胎の中を愛撫されているのに、ペニスは血液を充満させその形を大きくさせるばかりだ。
男のカウパー液が尻を濡らす。でもそんなこと気にならないくらい、エレンの身体はその汗で、その涙で、ぐちょぐちょだった。
「ふぁ…、あっ、あっ…!」
熱が追い込まれていく。逃げ場は与えられていない。
リヴァイはエレンの胸の頂きを執拗に弄り続けている。摘まんで、引っ張って、転がして、それから。
「気持ち良いか?」
乳首を思う存分熱い舌で嬲っていたリヴァイが顔を上げる。男の額も汗でしっとりしていた。
その目が一心にエレンへと。
求められている。答えを。
「きもち、いいっ、です…!」
エレンは眦に涙の粒を浮かべる。その涙一粒も残すことのないように、リヴァイは吸い付く。リヴァイがずり上がったことによりお互いの肉が深く繋がり、エレンからは「ひぅ、」と小さく声が零れた。
「答えろ。この快楽を与えているのは誰だ?」
熱の籠った問いかけが、エレンに向けられる。
リヴァイは閨の中で、こういう問答をよく行う。
その身体も、その心でさえ、誰が誰のものなのか、分からせないと気が済まないのだ。
エレンはリヴァイに不安を与えたくなかったので、正直に答える。望まれるままに。
「リヴァイさん…! リヴァイさんっ、です!」
例え手錠が外されても、首輪を嵌めることがなくなっても、リヴァイの不安が消えたわけではない。
どんなにエレンがリヴァイの家畜のように振る舞っても、リヴァイはずっと不安なままだ。
これから先男の根強い不安を取り除くことができるのか、エレンには分からない。ただエレンは許される限りこの人の傍で寄り添うだけだ。
エレンが傷つけた、エレンが守ろうと決めた、エレンが共に生きようと誓った、この男は、
「言え、エレン」
あの雨の日の拒絶以来、一度もエレンのことを信じてくれてなどいない。
枷が外れても、どんなに身を尽くしても、どんな言葉をかけたって。
それでも傍にあり続けるのは、生き残ってしまったエレンの意志だ。
「愛していますっ、リヴァイさん…!」
言われるままに答えるエレンに、リヴァイは笑いが止まらない。
リヴァイはエレンがどうやってミカサ・アッカーマンを追い払ったのか、知ることはできないが予想することはできる。ミカサに比べればエレンは非力だ。単純な武力のみで、あの執着心の強い(リヴァイは自分のことを棚に上げた)ミカサを退かせることはできない。ではどうしたか。エレンが何を利用したか。
エレンは、リヴァイの許していないことをしたのだ。
恐らく使ったのは口だ。言葉で説得しようとしたのだろう。それは成功したが、理想通りの正解ではなかった。リヴァイはエレンがミカサに対して口を利くことを許可していないのだから。
エレンが行ったリヴァイへの裏切り行為(許されていないことを行ったことはリヴァイにとって裏切りも同然だ)は、例えそれがリヴァイのためであったとしても、リヴァイがエレンを信じられなくするには十分だった。そしてエレンを信じられなくなればなるほど、リヴァイはエレンに執着し、エレンを放さなくなる。逆を言ってしまえば、リヴァイがエレンを信じない限り、その分リヴァイはエレンと共にいられるのだ。エレンの存在を求めるからこそ、リヴァイは自分で種を蒔く。自分の胸の裡に巣食う不信の種を。
そうして予想通りエレンがリヴァイのあるはずもない信用を傷つければ、リヴァイの胸内で育った執着の蔓草が、エレンに絡んで離さないだろう。
それで良かった。
リヴァイはエレンの行動を予想することはできたが、エレンが話した言葉の一言一句、その裡に隠された思いまで知ることはできない。
生きながらえてしまったことへの抑えられようもない後悔。懺悔と家畜の屈辱がその身を襲ってもなお、エレンを生かす呪いのような誓いの言葉。自らの手で傷つけてしまった存在に尽くすことを決意したその誠意。ただひたすらに向けられるリヴァイへの思い。
エレンの思いを知る由もないリヴァイは、エレンを信じられなくても良かったのだ。
リヴァイは自分が弱いことも卑怯であることも自覚している。人類最強の呪いをその身に受けた男にとって、弱いことは罪であった。常に正しく強くあるべきと己に課したリヴァイの浅ましい本性を引きずり出し、その欠点を問答無用で受け入れ、慈しみ守っていたのはエレンだった。誰もが認めなかった愚かな男に成り下がることを、エレンだけが許した。その安寧に、リヴァイは夢中になった。その温もりを求めたのはリヴァイだ。求めれば求めるほど優しさが与えられる。非情を生き抜いてきたリヴァイにとって、エレンは何よりも尊い宝物だった。
だがエレンはリヴァイの手を離れたし、リヴァイを裏切り、リヴァイを拒絶し、傷をつけた。なら求め続けるしかない。どんなにエレンを信じられなくても、リヴァイはエレンを求めることを止めず、やがてその不信すらエレンを手元に置くための手段と化した。
リヴァイは低く笑う。
二人は今、あの雨の日以来歯車の狂ってしまった、ボタンの掛け違えた世界でもつれ合っている。
身の内に宿った愉悦を隠さないリヴァイは、正解を口にしたエレンを激しく揺さぶる。散々焦らしたエレンの弱いところを執拗に狙って。その衝撃にエレンはリヴァイの手に熱い精をまき散らせた。射精の反射でエレンの胎内が蠢く。搾り取るように締め付けるエレンの中で、リヴァイもつられるようにして己の昂ぶりを解放する。その瞬間、啜り泣くエレンを見下ろしながらリヴァイが思ったことは、たった一つのことだけだった。
(嘘吐きめ)
リヴァイの哄笑は、リヴァイの傍を離れないと誓ったエレンを決して信じることのできないリヴァイへのものだったのか、自分の命を懸けた誓いを信じてもらえなくても共に生きる決意をしたエレンへのものだったのか。その答えを知る者は、夜の嵐の中で誰もいない。美しい世界はただ嵐を引き連れて、ごうごうと滑稽な二人の思いに冷たい風を吹き付けるのだった。














2013/6/29
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