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おや?空の模様が怪しくなってきましたね





エレンがもたらした情報の価値は何より高かった。白日に晒されたその秘密を基にして立てられた計画は細密に張り巡らされていて、しかし大胆不敵でもあった。
巨人に対して一進一退を極めていた人類は、調査兵団の新たな作戦により次第にその立場を有利なものとしていた。それでも多くの犠牲を払うことは避けられなかったが、人類の反撃は着実に侵攻していった。
エレンを奪還したあの曇りの日から五年後。
ついに人類はその大いなる敵に勝利した。
家畜という名の屈辱から脱し、自由を手にした瞬間だった。

リヴァイは王政府から人類の勝利に多大なる貢献を果たした褒賞として、丘に建つ屋敷を与えられた。人々の雑多な生活からは少し遠いその場所で、僅かな使用人とエレンとリヴァイだけが暮らしている。新たな生活は大いに順調で、エレンはリヴァイの許しがなければその敷地内から出ることはない。文字通りエレンを囲ってしまったリヴァイに、彼の古馴染みは苦笑しか出てこない。誰もがリヴァイの過ぎた独占欲を諦めてしまった。
あのミカサ・アッカーマンでさえ。
エレンをその囲いに軟禁した直後、ミカサは度々エレンを解放しようと屋敷を強襲した。
巨人の項を削ぐことさえしなくなったリヴァイだが、四十歳を目前に控えてもなおその力は健在だ。ミカサ来襲を捻じ伏せるには十分であったし、少数とは言え、使用人はリヴァイが選び、リヴァイの目に敵った精鋭どもだ。女一人を摘まみだすことは、次期人類最強と言わしめた女なので簡単なことではなかったが、しかし難しいことでもなかった。何よりエレンにリヴァイの下から離れるという意志はない。リヴァイが許さないからだ。
そんなミカサの独りよがりにすぎないエレン奪還作戦は、リヴァイがエレンに「次からはお前が追い払え」と命令したことにより、呆気なく終止符を打った。エレンがどういう方法を取ったのか、リヴァイは残念ながらその場に居合わせなかったので知る由もないが、執念深いミカサを諦めさせるには十分な効果があったようだ。
あの女も案外ナイーブだったんだな、ぐらいの感想しかリヴァイにはない。屋敷で何が起こったかなど、リヴァイは知らない。

「今日、外出しても良いですか?」
朝食の席で発言を許されたので、エレンはおずおずとリヴァイに聞いた。
丘を下れば、市場がある。近くではないが、決して遠くはないその距離を移動するのにも、いちいちリヴァイの機嫌を窺わなければならない。
「何故だ?」
当然リヴァイは良い顔をしなかった。一言でエレンの申し出を一刀両断することもできるのに、エレンに外出の訳を尋ねた。
「レモンパイを作りたくて」
レモンパイ? と片眉を上げるリヴァイに、エレンは頷いて言葉を重ねる。はっきり断られていないうちは、まだ勝機がある。
「今日は貴方と暮らし始めて一周年の記念日なんです」
他愛のない記念日だけれど、エレンはリヴァイと一緒に祝いたかった。
「貴方に俺の作ったものを食べさせたくて」
リヴァイは甘いものを好まなかったが、レモンクリームなら酸味も効いてリヴァイも食べることを苦にしないだろう。
お祝い事がある度に、少ない物資ながら素朴な菓子が食卓に上がった。
エレンの大切な、幼い頃の思い出だ。
過去から現在へと、優しい思い出は受け継がれていくべきだ。リヴァイにも穏やかな時間を、そしてその思い出をエレンはリヴァイと共有したかった。
「使用人の方と一緒でも勿論構いません。誓って貴方から逃げたりしません」
思案に耽るリヴァイに、エレンは約束する。エレンがその身を捧げてから六年経っても、リヴァイはエレンが離れていくことを恐れている。
「そうだな」
リヴァイが「何故?」と尋ねたのは、その理由が聞きたいからだけだった。エレンの行動を許すためではない。
「駄目だな」
言うべき答えなど、初めから決まっている。














2013/6/29
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