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晴れて良かった





調査兵団本部の城の遥か上では、雲がたなびいている。
みたび兵団の敷地に足を踏み入れたエレンを待っていたのは、やはり尋問だった。
リヴァイは「話せ」と命令した。お前の知ってること全部、と。それだけでもうエレンはその意に反して口を噤むことができなくなる。
自分の宿命のこと、自分が知っている巨人のこと、仲間たちと掲げた野望、エレンは求められるままに、自分の胸にひた隠していた秘密を暴露した。一度目の裏切りは人類に対して、そしてこれは自分を信じて共に戦ってくれた仲間に対する、二度目の裏切りだった。
エレンによりもたらされた真実を基にして作戦が練られ、自らの存在の有用性を証明したエレンの処遇は「リヴァイの所有物であること」だった。憲兵団の手に渡ることでもなく、調査兵団の兵士でいることでもなかった。リヴァイが「戦え」と命じれば兵団の戦力になることもできたが、エレンに下された命は「リヴァイから離れないこと」で、書類仕事の一つですら押し付けられることはなかった。
今エレンの手首や首元には枷がつけられていない。鎖で引かなくてもエレンはリヴァイの後ろをついてくるし、会議や訓練で同伴できない時は「待っていろ」と一言命じられれば、エレンはその場から一歩も動かなかった。エレンにはもう手枷や鎖が必要でないことを、リヴァイは知っているのだ。
エレンにはもうリヴァイしかいない。
リヴァイの許可がなければ、エレンはリヴァイの上司である(もはやエレンの上司ではない)エルヴィンにも、かつての気心知れた友人である同期の連中にも、話しかけられても沈黙を貫いた。困ったように曖昧に笑って。ミカサが肩を揺さぶり強引にエレンをどこかへ連れて行こうとしても、エレンは何も言わずただその場に踏みとどまった。
エレンの処遇については非難や不満の声も少々上がった。しかしそれが少ない数で済んだのは、ひとえにリヴァイの存在がある。
二度目のエレン逃亡の後、リヴァイは阿修羅の如くであった。むやみやたらと当たり散らすような男ではなかったが、それに近いことは何度もあった。リヴァイ指揮の下行われた訓練は何より苛烈であった、潔癖症を極め、掃除への指摘はえぐいほどで、所作はとにかくがさつになった。リヴァイが力のままに開閉したせいで壊れてしまった扉の数は片手では足りない。そのオーラは凄まじく、リヴァイが立っているだけで失神者が出てもおかしくはないほどだった。容赦限りのないリヴァイの仕打ち、何もしていないのに理不尽に襲い掛かってくるプレッシャーは大の男を縮み上がらせるには十分で、兵団中がリヴァイの不機嫌に戦々恐々としていた。愛し子に逃げられその苛立ちをぶつける天下のリヴァイ兵士長のことを大人げないと窘められる者はいない。あのエルヴィン団長ですら、リヴァイの監視を外すよう命令してから一週間ばかりでみすみすエレンを逃してしまったことに負い目を持っており、幼子の癇癪のように振る舞うリヴァイに対して厳しい言葉を用意できなかった。誰にも止められることなく、リヴァイは思う存分調査兵団に君臨していたのである。
そのリヴァイが。
エレンを手元に置いてから、すこぶる機嫌が良い。
いつもの無表情に見えて、鼻歌でも歌いだしかねないリヴァイを見て、調査兵団の歴戦の戦士たちはぎょっとした。しかしリヴァイの機嫌が良いことで被った弊害はそんなところだけだった。
目を疑い、耳を覆いたくなるほどの醜聞も、今や兵団内にはない。エレンが自分の意のままに動くことを確信したリヴァイは、昔のようにところ構わずエレンを押し倒し無理に身体を繋げる必要性を感じていなかった。言質はもう取ってあるのだ。
その態度が信じられないほど穏やかになったリヴァイ。エレンを裏切り者だと罵る者よりも、リヴァイの恐怖政治から解放してくれたエレンの存在を諸手を振って受け入れる者の方が多かった。自分の所有物を悪しざまに言うことを、リヴァイが許すはずがないことも事実であったが。














2013/6/29
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