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その日は雨が降っていた





「帰ってこい、エレン。俺の傍に、ずっと一緒にいてくれ」
雨粒が視界を悪くする。曇りがちだった朝に壁外を出て、昼過ぎに降りだした雨に、短時間だったとはいえ調査も潮時だった。
退却の準備を進める調査兵団に、巨人の群れはいきなりやってきた。リヴァイは雨の中でもかの姿をしっかりと捉えた。先導する巨人が一匹、その肩に乗るようにして、エレンがいる。半年前調査兵団から逃亡し、人類の敵となった存在、エレン・イェーガーが。
リヴァイは声を張り上げた。「エレン!」リヴァイはエレンの監視役であり、上司であり、恋人であった。そんなリヴァイに一言も告げることなく、エレンは姿を消し、次にまみえた時は宿敵である巨人の中だった。リヴァイは何度も「何故?」と問いかけ、自分の下に戻ってくるように説得した。エレンはリヴァイの問いかけに沈黙をもって答え、そして彼の言葉に首を縦に振ることは一度もなかった。
今ならまだ便宜を図れるが、調査兵団から脱走した巨人の子どもは、日に日にその立場を危うくしている。これ以上エレンの身柄拘束が遅れれば、もしエレンを取り戻すことができたとしても、調査兵団に彼の居場所はないだろう。
瀬戸際だった。リヴァイは柄にもなく焦っていた。
エレンの行動の理由も知らないし、エレンが頑なに自分に従わないことも悲しかった。日頃の横柄な態度などかなぐり捨てて、エレンへの言葉は懇願に近かった。そして最後通牒でもあった。
「俺の帰るところは、貴方の隣じゃない」
しかしエレンは無情にもリヴァイに告げた。雨音は、巨人どもの地響きは、仲間たちの悲鳴の声は、エレンの言葉を遮ってはくれなかった。残酷な言葉は、いとも容易く人類最強を冠する男の胸を傷つける。
エレンが自分を拒絶した。
その事実が降りしきる雨の中、リヴァイに重く伸し掛かった。
「そうか」
降り注ぐ雨同様、酷く冷たい声だった。何の感情もないその一言が、リヴァイが愛した子どもへ抱いていた優しさや慈悲という穏やかな感情全てを削ぎ落としたことを表していた。リヴァイはエレンに対する一切の容赦をこの時失くした。エレンの裏切りを決して許さないことを胸に刻んだ。リヴァイは悲しみ、怒り、エレンのことに関してその理性を焼き切った。
無理やりにでもエレンを自分のものにする。
例え誰が泣き喚こうが、死のうが、関係ない。リヴァイは欲望に忠実な人間ではなく、寧ろ理性で自分を律することを覚えた大人であったが、エレンのことになればその欲求に正直になることを決めた。
だから、動き出した。雨に濡れた身体を造作もなく。ただ、エレンを、エレンだけをその手に求めて。

止まない雨が、人類にも巨人にも平等に降り注いだ日であった。人類最強と呼ばれる男の活躍によって、人類は再び希望を取り戻した。もっともその子どもがもう一度“希望”と呼ばれることはもうなかったが。














2013/6/29
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