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ウスラトンカチは誰に似る





 モモシキ・キンシキ襲来および七代目火影誘拐の顛末は、サスケの長い長い流浪の旅に終止符を打つには十分なきっかけとなった。どんなに各地をさすらおうとも、帰るべき場所は、ナルトの、そして家族のいる木の葉だとはいえ、里に腰を落ち着けて生活するなんて、それこそ里を抜けた何十年ぶりである。第四次忍界対戦を終え、ナルトとの大喧嘩に決着をつけた後、しばらくは勾留という形で木の葉には滞在していたが、そのほとんどを拘束された地下深くで過ごしたサスケにとって、まさに下忍時代が木の葉の在りし姿であった。任務報告で木の葉へ寄るたびに、変わる景色を無感情に眺めたものだが、こうして腰を落ち着けて見た木の葉の変貌ぶりには、流石に驚かざるをえない。ましてや、これからずっとこの移り変わる木の葉と共に時を過ごしていくなどと。
 サスケ帰還をいちばんに喜んだのはもちろん長いあいだ父不在に耐え抜いたサクラやサラダであったが、それとほぼ同等にナルトも喜んでいた。火影の体面を気にしてというより、生来のサスケに対する負けず嫌いゆえだろう、決してその感情をあからさまに表に出すことはしなかったが、魂の兄弟であるサスケには自然とナルトの喜びも伝わってくるのだった。
 木の葉で生活すると言うことは、七代目火影であるナルトを傍で支えるということである。以前から問題視されていた七代目のオーバーワークは、あのような事件があったあとでは看過できないものとなっていた。現状を鑑みて、いかに有能とて火影補佐が一人だけでは手に余るというので、サスケに与えられたのはそれに等しい役職だった。いきなりの幹部扱いに、サスケの実力を知る者は納得したが、またやっかいなことにサスケの過去のもろもろを知る者たちにとっての反感もあった。だがそれはサスケが予想するよりもずっと少数の、一部の人間たちの声だけであった。なにかしら、有能な火影補佐やそこらへんのものどもが動いたのだろう。サスケは七代目の勅命を粛々と受け、それ以外のことに関してはわれ関せずを貫いた。
 だがあまりにも急な大抜擢ということで、流浪の現地調査とは違い、火影塔で働くにはまだサスケの知識不足が否めなかった。そこで火影を引退してもちょくちょく火影室に顔を出すことで有名な先代火影であるはたけカカシが、サスケの教育係に任命されたのである。聞けば、下忍から中忍を飛ばして上忍に上げる異例の条件で、ナルトに火影を見据えた必要な教育を施したのもカカシともうひとりのナルトの恩師であるらしい。――実際に教育係に専念したのは、当時六代目火影に就任して忙しかったカカシに代わってその恩師の方だったらしいが――数奇な繋がりにサスケが顔を顰めたのは言うまでもない。
 夏の暑さが和らいだころから、カカシとサスケの特訓授業は始まった。ナルトをドべだなんだと軽んじ、アカデミーでも成績上位に位置していたサスケも、中忍試験のペーパーテストには歯が立たなかった。頭の賢さでいうのなら妻のサクラやシカマルのほうが圧倒的に優れており、実は頭の出来はナルトと大して変わらないのである。ナルトがアカデミー当時、とんでもなく馬鹿で落ちこぼれであったのは、ナルトに対して誰も必要な知識を与えず、手助けもしなかったせいだ。ちゃんと段階を踏んでやれば、ナルトはしっかりと学習する。だからお前もふてくされずに頑張りなさいね。それが初回授業での、開口一番でのカカシの言葉だった。もうその時点でサスケは帰りたくてしょうがなかった。
「あー、痛い痛い」
 何度目かの授業中、カカシがこれ見よがしに背中を気にしていた。こちらは集中して各隠れ里の戦争の歴史の本を読んで頭に叩き込んでいるというのに、おかまいなく「痛い痛い」と悲鳴をあげる。その実、半分マスクに隠れた顔はちっとも痛がっていないのだ。サスケは終始無視を決め込んだ。
「なあサスケ、背中が痛いんだけど」
「……それがどうした」
「これ絶対跡になってると思うんだよねぇ。ちょっと見てくれない」
 流石にサスケも目を剥いた。なにを傍若無人にのたまうのか。
「断る」
「そんなこと言わないでさぁ。あざになってるかもしれないし」
 カカシの背中があざになっているからどうなんだと、サスケは内心で不満を垂れた。だが細くたわんだ目元は悪戯気で、妙に癪に障る。年をとって、だんだんナルトの悪戯心が師匠に移ったのではないか。
「……背中向けろ」
 不承不承を隠さずサスケは言った。いまここでカカシの懇願を黙殺しても、きっと授業中しつこく言われ続けるのだ。ならいま済ませてしまうほうがいい。サスケは悟った。
 向けられた背中のベストをカカシがめくる。そこは確かに、赤く腫れていた。というよりくっきりと、
「足跡だなこれは。誰かに踏んづけられでもしたか」
 引退しているとはいえ六代目火影の背を踏みつけにできる忍がいるとも思えず、サスケは呆れ半分驚き半分でその跡をあらためた。
「あ〜、やっぱり。跡になっちゃったか〜」
 サッとベストの位置を戻して振り返ったカカシが、デレデレとした顔でやけに間延びした声を出す。嫌な予感を察知したが、もう手遅れなこともサスケにはじゅうぶん分かっていた。こうなる前にさっさと帰るべきだった。後悔しても遅い。
「ナルトがな、誕生日のお祝いも兼ねて、『カカシお疲れ様』ってマッサージしてくれたのは良いんだけど、あいつ加減を知らないだろ? もう子どもみたいに容赦なく踏んづけるんだよ。流石に痛いから止めたかったんだけど、ナルトが『気持ちいい?』って聞いてくるとさ、つい『うん』って言っちゃったんだよね〜」
 ここは喫茶店か、お前は小娘か。高い声ではしゃいだ声を出すカカシを、かつては格好良い忍だと認めていたこともあっただけに、サスケの意識は遠くに置き去りにされる。月日は残酷だ。あれだけ謎が深く実力だけはあったうさんくさい上忍の正体を、こうも容易く浮き彫りにする。というよりなんで、
「なんでナルトがあんたにマッサージなんか」
 カカシの誕生日をマッサージで祝うほど、ナルトとカカシはそんなに仲が良かっただろうか。サスケの記憶では、カカシは平等に第七班の班員には厳しく接していたし、ナルトだけを贔屓していた印象はない。それより、中忍試験を控え個別にカカシがサスケの修業に付き合ったときなどは、あからさまにナルトが駄々をこねていたものだ。「ひいきだ!」と言っていたのはナルトの方だった。サスケが里抜けしたあと、残された三人は何かしら仲を深めたのだろうか。久しぶりに再会したナルトとサクラについていたのは、カカシの代わりであるといったヤマトと、サスケの穴埋め扱いされたサイであった。その後、サクラが突っ走ってサスケを殺してでも止めようとしたときなど、カカシとナルトが共にいる姿を目にすることはあったが、なにぶん命をやりとりする緊迫した状況で、ふたりのプライベートな関係など察せられるはずもない。興味もなかった。
「なんでだろうなぁ」
 真正面のカカシは、サスケの知らない空白期間を積み上げて笑う。
 ナルトが上忍になってから、もしくは七代目に任命される前で、なにかしらの関係があったのかもしれない。それも、里を離れていたサスケには知る術がないことだ。ふと、どうしてカカシもナルトもまだ結婚していないのだろうかと不思議に思った。自分で言うのもなんだが、サスケでさえ結婚し、いまでは娘もいるというのに。当時からエリート上忍と持てはやされたカカシが、いまや世界の英雄として祭り上げられているナルトが、まったく浮いた話も見せないなんて。それほど火影は多忙なのだろうか。カカシの前任である綱手もひとり身なはずだ。だが、戦後すぐに火影に就任したカカシはおろか、上忍として着実に実績を積み上げた期間があるナルトもなのか。まあナルトはそういう面が鈍そうなのは否定しないが。それなら周りもせっつくだろうに。
 そこへ、華やかなチャクラの気配をサスケは感じ取った。すぐに、どたどたとうるさい足音が聞こえてくる。忍失格の足音、忍には似つかわしくないあたたかく慈愛に満ちたチャクラ――まるで本人の気性を表しているかのようだ――、サスケが誤るはずもない。
「カカシ先生〜! 昼飯食おう! サスケも!」
 午前の授業のチャイム代わりにナルトが騒々しくやってくるのも、珍しいことじゃない。
「よし。じゃあサスケ、昼休み終わってすぐに小テストやるから。しっかり頭に入れておけよ」
 そう言ってカカシがとんとん指先で叩くのは、カカシが邪魔をしたせいで中断していた各忍び里の戦争の歴史である。
「え、サスケ昼終わったらテストなのか。じゃあ昼休みも勉強すんの?」
「そ。ナルトはオレとふたりで昼飯食おうね」
 カカシは親しげにナルトの肩を叩いた。背中が痛い痛いと泣き言を言っていたカカシの顔ではない。サスケはそのときになってハッとした。
「まさかお前ら……!?」
「?」
 突然の驚愕にわけの分からぬナルトは首を傾げ、隣のカカシはにっこりと笑う。
「お前の片腕の跡よりも上等でしょ」
 師弟は似ると言うが、ナルトの負けず嫌いとカカシの負けず嫌いは性質が違う。
「なに、なんの話? ふたりだけの秘密なんて感じわりいぞ!」
 そしてなんにも分かってないくせに、一丁前にカカシとサスケに妬くナルトは、お前こそ秘密にしていたんじゃないのかと首根っこでも掴んで揺さぶりたいぐらいだ。
「このウスラトンカチどもめ……!」
 サスケの低い声は高らかな昼下がりに溶けて消えた。後日確認したことだが、ナルトは特にカカシとの仲を隠していたわけではなく、聞かれなかったし改めて言うことだとは思っていなかったと発言しており、ナルトとカカシの関係は昔馴染みたちにとっては周知の事実であり、結局のところ長く木の葉を離れていたサスケだけが知らなかったのである。

















2017/9/23
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