inserted by FC2 system








スパダリが走る





 師も走るほど忙しいと言われる年末。六代目火影を負うカカシとて例外なく年の瀬の繁忙に追われていた。しかしそれも数時間前の話。無事火影業の仕事を納めたカカシは、恋人のナルトの家、ソファの上で座っていた。だが悲しいかな、そのさまは到底「リラックスして」とは言えない。
 なぜならキッチンの方から絶えず「あっ!」「うお!」「やべ……」などとナルトの悲鳴が漏れ聞こえるからであり、「手伝おうか?」と腰を浮かせても「カカシ先生は座ってろってばよ!」とナルトは一点張り。キッチンでどんな惨状が起こっているのか、カカシの気もそぞろなのである。
「できたぞ! カカシ先生!」
 それから小一時間経って、ナルトがお盆に乗せてでてきたのはラーメンだった。それも具は小口切りにされたネギだけ。
「なんでラーメン?」
 ナルトらしいチョイスといえばそうなのだが、日付は十二月三十一日、時刻は夜の十一時である。去年もおととしも、カカシとナルトはそばを食べた。今年はやけに張り切ってナルトが厨房に立っていたが、それでも出てくるものは年越しそばだろうとカカシはあたりをつけていた。
「そばは……ちっと失敗しちゃって」
 ナルトの眉がグッと下がって困ったように笑う。いまよりもっと幼いとき、ひといちばい張り切るだけ張り切って空回りして、盛大に失敗するのはナルトの常だった。あの頃の誤魔化し笑いを、もうずっと大人になったナルトがするのも感慨深い。
「いいよ。失敗したのも食うから、お前はラーメン食べなさいね」
 成人して間もないナルトにとって、深夜の具なしラーメン二杯などわけもないだろう。しかし、カカシの気遣いをナルトは首を横にぶんぶんと振って断った。眉尻が吊り上る。
「だめ! カカシ先生はラーメン食えって!」
「なに、ずいぶん強情だな」
 ナルトはラーメンを卓に置いて、ふんぞりかえった。
「オレ、カカシ先生の“スパダリ”になるから!」
「すぱだり?」
 カカシは首を傾げた。
 カカシはラーメン、ナルトは失敗したというそばを啜りながら曰く、スパダリとはスーパーダーリンの略であるらしい。スーパーダーリンという響きすら、カカシは鼻で笑い飛ばしそうになったが、ナルトの目は真剣だった。
「カカシ先生に、男の甲斐性みせてぇの」
「なんでまた」
 世界を救い、カカシを救い、いまや木の葉が誇る忍であるうずまきナルトだ。ナルトに恋慕するくのいち……に限らず一般人女性……を言うに及ばず同性まで、あまたを魅了するナルトが、一回り年の離れた同性の、そして担当上忍であり師であり上司であるカカシをパートナーとして選んでくれた。それだけでカカシはナルトへの感謝の念は尽きないし、男の甲斐性を見せるならば、それは年上でもある自分の方だと思っている。
「カカシ先生は格好良いからずっこいだろ! オレもカカシ先生に格好良いと思われたい!」
 ナルトの美点でもある素直さは、カカシにとって凶器となることがある。いまがそうだ。
「ナルトのこと、格好良いと思ってるよ」
「はい嘘!」
「心外だな。本当だって」
 世辞を言われたと怒るナルトの頬が上気している。しかしナルトはどうして、カカシの耳こそ赤く染まっていることに気付かないのだろうか。熱々のラーメンを食べて体温が上がっているからではないのに。
「カカシ先生はさ、オレよりずーっと大人で、すっげえ忍で、火影だろ。オレが先生のスパダリくらいになんなきゃ釣り合わねぇの」
 ――釣り合わない、とはナルトらしくない語彙だ。
 カカシは知らずに目を細める。
 箸を握るナルトの手を掴んで引き寄せる。
「誰かになにか言われたか?」
 前述したとおり、ナルトは人を魅了してやまない。それは好意的なものから、羨望、ときに嫉妬ややっかみまで含む。いちいちナルトが気にするようなものではない小さな毒を、それでもナルトが受け止めてしまうのは、彼が幼い頃、その毒を浴び続けてきたからだ。人に認められれば認められるほど、あの頃の暗い影がナルトに落とす。「もうあの頃には戻りたくない」その影響は計り知れない。ナルトの過去と現状の栄光は表裏一体のバランスで保たれている。ナルトが賞賛されればされるほど、次第にナルトが任務に対して負わされる責について、自他ともに過酷になっていく。それが最近のカカシの悩みの種だった。
 今回の「スーパーダーリン」発言もそれに端を発しているのか?
「誰にもなんにも言われてねぇよ」
 ナルトは強く言った。
「だけどさ、先生は年上じゃん。ずっとオレの先を行ってるのが悔しいの。先生の年を超したくて、頑張ってるけどさ、やっぱり焦んだよなあ」
 特に今日のように、一年が終わるときには。この一年でどれだけ成長できただろう。ナルトは自問して、まだまだだと途方に暮れる。
「馬鹿だね、ナルト」
 カカシはナルトの頭を撫でた。迷子になった子どものような顔をしている。どんなに英雄だなんだと持ち上げられようと、そこにいるのは大人になったばかりの子どもだった。カカシとの年の差に怯える、焦燥と不安で瞳を揺らしている。
「お前との年の差に悩んでいるのはオレも同じだ」
 若いナルト。未来も希望も夢もある。そんなナルトの可能性を、年老いていくばかりの自分が独り占めにしてもいいのだろうか。ナルトの忍の実力は、とっくにカカシに追いつき、追い抜いている。ナルトに置いていかれまいと必死に追いすがっているのは、カカシの方だというのに。
「師も走るから師走っていうけど、立派になった弟子に師匠としての背中を見せるために、オレはこの一年間、ずっと走っていたようなもんだよ」
 カカシが六代目火影になる前から。ナルトの前を行く忍として、ナルトが夢までの道のりをまっすぐ歩いてこられるように、カカシはいつも先回りして走っていなければならなかった。そうでもしなければナルトはすぐにカカシに追いついてしまうから。
 まだ年上として、師として、ナルトの前を行きたいと、カカシは死に物狂いで走ってきた。
 そのナルトに「格好良い」と言われて、カカシの胸はどれほど高鳴ったことか、それでも彼を不安にさせたかったわけではない。
「オレの年を超したいなんて、寂しいことは言わないでくれよ。ずっとお前の成長を見てきたんだ。お前とオレは確かに生きてきた時間が違うけど、それでも出会ってきてからいままで、同じ時間を共にすることができた。お前が他の若い奴らじゃなくて、オレを選んでくれたおかげだよ。だから『こす』なら、一緒に年を越そう。来年も、お前の時間をオレにくれ。オレの時間をナルト、お前にやるから」
 ナルトの両手を握る。カカシの手は古傷だらけだった。いまは皺も深く刻まれて、こうしてナルトの若い手と比べると、ふたりの生きた時間の差が浮き彫りになるようだ。ナルトのまっさらな手。その手に傷がひとつもないのは、九尾がナルトの傷をたちまち癒してしまうからだ。それでも、この手がたくさんの傷にまみれて、血を流したことを、カカシは知っている。ナルトの生きた時間を、カカシは傍でずっと見てきた。
「ずりいよ」
 ナルトはカカシの手を繋いだ。指の隙間までぴったりと重ね合い、体温を分け合う。
「やっぱりオレよりカカシ先生のほうが、よっぽど『スーパーダーリン』じゃん」
「どういたしまして」
 来年も、ナルトに格好良いと思われるように、きっと死に物狂いで走るんだろうな。それこそ冥利に尽きるのかもしれない。ナルトという、年下で世界一格好良いパートナーを得たカカシにとっては。












2017/12/30(初出)
inserted by FC2 system