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「お好きにどうぞ」

どうしてこんな状況になってしまったのか、おそらく当事者である二人ともがわからなかっただろう。不思議な状況であった。
一昨日はアメリカで世界会議があった。いつも通りの何の進展もない会議だったが、そもそもお互いの顔合わせと状況確認が目的なのである。そのほか細かい難しいこともろもろは、国たちがどうこうできるものではない。
だから会議があった後日に、観光や休息目当てに開催地に何日か留まる国がいること自体は珍しくない。滞在日程はお互いの外交状況にもよるものだが、あのロシアでさえアメリカの地に二三日泊まることがある。逆もしかりだ。
仲の良い国同士だとスケジュールの調整さえうまくいけば一緒に遊ぶこともあるが、基本は関わらない。こっちにはこっちの都合があるように、あっちにも都合があるだろうし、広い国内で万が一そういう国と鉢合わせてしまうことがあったとしても、アメリカは挨拶を交わす程度にしている。
しかし、二月の凍えるニューヨークで、まさかドイツに会うことになるとはアメリカも予想していなかった。
イギリスやフランスならいざ知らず、ドイツはたいていアメリカの地に長居はしない。会議が終わればすぐに自分の国へ帰ってゆく。他にも仕事があるのか(国個人に任せられる仕事量は、それこそ国の方針によってまちまちである)それともイタリアのような国にはドイツも長期滞在するのか、アメリカは知らない。
一昨日会議は終了したばかりだから、ドイツは最低でも三日間アメリカに滞在していることになる。珍しいこともあったもんだと、アメリカは素直に思った。休暇を取っているにしても、彼がアメリカで休みをとることが不思議だったからだ。もちろん世界に誇れるニューヨークは魅力的な街であることはアメリカも自負している。しかしドイツの休暇と寒々しい二月のニューヨークはうまいこと合致しなかったのだ。
珍しいこと続きに、アメリカはたまたま会ったドイツにお茶に誘った。断るかなとも思ったが、(ドイツは一人で休暇を満喫するイメージがあったので)以外にもというか、やはり珍しくドイツは素直にアメリカのお茶の誘いを受けた。
(これは面白いことになりそうだぞ)
アメリカはドイツに対してむくむくといたずら心が湧いてくるのを抑えられなかった。なんせ、珍しいことに珍しいことが更に重なったのだから。これで何もなかったじゃあ、がっかりだ。

アメリカは確かにドイツをお茶に誘ったが、入ったお店は世界的に有名なアイスクリームの専門店だった。
ドイツが訝しげにアメリカへと視線を投げかけるのも無視して、アメリカはさっさと、自分とドイツの分のアイスクリームを注文してしまう。季節は冬。灰色のニューヨークとは対照的に、アイスクリーム店の内装は暖色系の色で埋め尽くされている。特にピンク色に彩られたハートがやけにその存在を主張していた。
ドイツは二人かけ用のテーブルをとって大人しく待っていたが、暫くしてカウンターからやってきたアメリカを見てぎょっとした。
アメリカは、こともあろうに三段アイスを注文してきたのだ。しかしアメリカはこともなげに二つある三段アイス(もちろん一つは自分のものだろう)のひとつをこちらに差し出してくる。受け取らないわけにもいかないので、しぶしぶドイツはうけとったが、アイスを見て眉を顰めざるをえなかった。
そのアイスは、三つともチョコミントだったのである。
「なんだ、これは。いやがらせか」
「君の好みがわからなかったんだよ。でも好きそうだろ、チョコミント」
悪びれもせずにアメリカはのたまった。あまりにもしれっとしているので、ドイツには三段チョコミントアイスが本当にいやがらせなのか、それとも素直な好意なのかわからなかった。
お茶にしようと誘われて、アイスクリームを食べている。しかも二月のニューヨークで。アメリカとドイツ二人きりである。なんとも奇妙な光景だった。
「このアイスには、なんの意味があるんだ?」
一段目のアイスに既に悪戦苦闘しながら、ドイツは聞いた。
「意味? 意味なんか必要かい?」
この不可思議珍妙な状況を少しでもクリアなものにしたいとドイツは聞いたのだが、逆にアメリカに質問で返されてしまうことになる。それに律儀にも答えてしまうドイツも、ドイツなのであったが。
「意味は何事にも必要だろう。例えばお前が、俺をお茶に誘っておいてアイスクリーム屋に連れてきた意味、俺に三段チョコミントを渡しておきながら、自分だけ全部違う味で注文していることにも、意味はあるはずだろ」
こういう言い方をする時、決まってドイツの方がバツの悪い思いをする。アイスのことなんか全然気にしてないのに、アイスのことを根に持っているような言い方になってしまった。言い方が不器用なだけであるが、自分が途端に小さい男のように思えてくるのだった。 救いがあるとすれば、目の前の男がそういう小さいことに全く頓着しないことだった。やはり大国の余裕なのか、懐の大きさはアメリカの方が勝っているのかもしれない。いつもアメリカとドイツが比べられれば、ドイツの方が大人だ、落ち着いているという意見で一致するのだが、ふとしたところで、ドイツはやはり自分がアメリカよりも小さな男のように思えてくるのだった。
「君っていつも意味があるかないかとか考えているのかい? ていうかさ、」
アメリカは早くも一段目のバナナとストロベリーのフレーバーを完食したようだった。
「君って頭が固いよね。もっと柔軟かつ斬新にさ、ものを考えたりしてみないのかい」
なんだそれは、とドイツは思った。頭がアイスの食べすぎのせいかキーンとする。頑固だと、頭が固いと言われてきたことはなんどもあるが、聞きすごすことは難しい。相手によってはできるが、頭が柔らかすぎるアメリカに対してはできなかった。それに、やっぱりドイツはアイスのことでアメリカに少し根にもっているのかもしれなかった。
「お前の言うことだって、過ぎれば軟弱、過ぎれば不道徳だ」
言い返す言葉に力がこもる。反論は断固を以て。兄から教えられた一つだ。
アメリカは更に反論するどころか、今度は飄々と賛同してみせた。
「そうさ、なんだってそうさ。美徳も過ぎれば悪徳になる。信仰が盲信に、英断が独裁になるようにね」
「そうだ。自由も与えられ過ぎれば重荷にしかならない」
力強く頷いた。しかしアイスは遅々として進まなくて、そのうち垂れてくるんじゃないかと不安になってくる。
アメリカはにこりと笑った。
「何事にもいい塩梅というものがある。結局、ほどほどが一番だってことを、俺も君もわかっているんじゃないかな。そして俺たちは同じものを求めているとも言えるよね」
求めているもの? アメリカの抽象的な言い回しに、ドイツの眉間の皺がより深いものとなる。アイスの冷たさが頭痛を引き起こし始めていたのも余計だった。
「だが、その適当がどこにまで当て嵌められ、どこを超えれば過剰なのか、その線引きが一番難しい。だから明確な基準やルールが必要になってくるんだ。そして俺はそれらを重んじている」
確かに国が求めているものはみな同じなのかもしれない。それは国の安定だ、国民の幸せだ。しかし、それを求めるばかりに、他はどうでもいいと、他国をむやみに犠牲にするようなことももう起こってはならないのだ。そのための共通のルール。
「新しいアイディアはいにしえの知識を持つ者にしか訪れない。予想外とは予想があるから超えられるんだ。どんな枠があるのかもわからないくせに、枠外に出ようとする者は異端者となって弾き出される」
アメリカはやはりにこにこ笑っている。饒舌なくせに、もう二段目のアイスを食べ終えようとしている。
「俺たちは、違うものに従っていて、違うものを知っていて、違う道を選んできたけれど、結局目指しているところは一緒なんじゃないかな」
それにはドイツも同意できるので素直に頷くことができた。しかしその拍子に、溶けてきたアイスがドイツの指にかかってしまう。
「大陸ほどではないが、同じように思考する人間と比べれば、大分長いこと考え続けてきた。俺もお前の言いたいこと、人々が共通して求めるものをわかるようになってきた、と、そう思いたい。」
みんなが平和を求めている。
「大陸、か。君はずいぶん面白い比喩を使うんだな。俺は、」
そこでアメリカは一度言葉を切った。まるで内緒話のようにアメリカは話しだした。

「俺はたまに自分がロボットなんじゃないかと思う時があるんだ。俺という自己は人がつくったプログラムで、時代ごとに新しい知識や価値観なんかをインストールされているんだ。他人と分かり合えると思えた時もある。結局人と人とは分かり合うことはできないのかって、悲しくなった時もあったし、絶対にこいつとだけはわかりあうことはないなって確信していた時もあったよ。今になってみれば、なんて馬鹿なことをしたんだろうとか、間違ったことをしてしまったと反省していることも、また新しい時代がきて、世論が変わって、俺もそれに合うようなプログラムにインストールされると、いや、やっぱり間違ったことはしてなかったんだ、目的のためには必要なことで、また、今もあのやり方が求められている。もう昔みたいにいくはずなんかない、ってそうやって考えが変わっていくんだって、それはどんどん良くなっていったり、前進していくようなものではなくて、いつも同じところを行ったり来たりするだけなんだって、そう考える時があるんだ」
長い独白に、ドイツはやれやれと問いかけた。アメリカらしいのか、らしくないのかわからないような突飛な発想だった。そして、普段の彼とは思えないほど、アメリカらしくない弱気な告白だった。
「それはひとりでか?」
「当たり前じゃないか」
アメリカはやっぱり笑ったけれど、今やそれが強がりでしかないことをドイツは分かっていた。
「ヒーローはロボットなんかじゃない、人間だからかっこいいんだぞ」
一息ついてアメリカはいつのまにか三段アイスを完食してしまっていた。ものすごいスピードだ。自分のチョコミントはまだ二段目に取り掛かったばかりだというのに。
「でもね。でも、ヒーローが言うんだ。開けない夜がないってこと、明日が必ずくるってこと。そして俺は、その事実が痛いほどよく分かるんだ。その言葉に希望を見出した時もあるし、また明日がやってくることに、どうしようもないくらい辛い夜を過ごしたこともあるよ。ヒーローらしくないから、こんなことあんまり言いたくなかったんだぞ」
「勝手だな」
熱いコーヒーが飲みたかった。結局自分は理不尽にアメリカの愚痴に付き合わされていただけなのかもしれない。苦いコーヒーでも飲まないとやってられないやるせなさだ。
「なんだかお前らしいんだか、らしくないんだが、よく分からないようなことを言うんだな。だがなんとなくわかるような気がする。俺にも身に覚えのある夜だ」
アメリカの愚痴に付き合ってしまう自分にも、ドイツはやるせない気持ちがする。なぜ自分が? という気持ちがどうしても拭いさることができない。
「だがでもな、そういうこと、お前の言うヒーローらしくないことを親身になって聞いてくれる奴が、俺なんかよりももっとふさわしい奴が、お前にはいるんじゃないのか?」
疑念のままに言うと、アメリカは露骨に嫌そうな顔をした。
「絶対に嫌だよ。たぶん君が頭に思い浮かべてる奴らってさ、自分もわかってないことや悩んでることを、さも自分はもう隅々まで万事了解していて、克服できたかのように話す人たちのことだろ。それもお節介に輪をかけて嬉々として偉そうにね!あいつらを調子に乗らせるのだけは断固お断りだぞ!」
まさしくドイツが思い浮かべていたのはイギリスやフランスのことで、したり顔でアメリカを年少もの扱いする二人の姿が、ドイツにも見えるような気がした。
「まあ君も、ヨーロッパの人間だし、そこまで程度は甚だしくないとしても、そういうところも無きにしも非ずなんだけど、まあ今日だけは特別に許してあげるんだぞ!」
イギリスたちの話題を出した途端、いつものように元気になりだしたアメリカに、そのテンションの落差の激しさに、そしてアイスの冷たさと甘ったるさに、いい加減ドイツも辟易としてきた。
「俺はいったい何を許されたんだ?そして、俺が許して『もらう』立場なのか?」
しかしそんなドイツをしり目に、アメリカはとんでもないネタばらしをしてきたのだ。
「当たり前だぞ!だって今日はバレンタインデーだからね!」
ドイツにとっては全く意味がわからなかった。バレンタインデーだからなんだというのだ。
「ほんの少し前までお前のことを分かったつもりでいたんだが、そんなつもりだった俺自身が今はもう信じられない。それぐらいお前の言ったことは不可解だ」
自分の手には負えなくなっているアイスに軽い絶望を覚えながら、ドイツは頭を抱えたくなった。
「そもそもなんでバレンタインなんだ?なにか意味があるのか?だったらどういう意味なんだ」
「そんなの君が好きなように考えなよ。君の自由なんだぞ!」
「俺にはすこし重すぎるな…」
とうとうドイツは、アイスを食べることをギブアップした。溶けかかって無残なチョコミントのアイスをアメリカに差し出すと、アメリカはとびきりの笑顔で受け取った。
「それと君、アイス食べるのへたくそだね!」
アメリカは勝ち誇ったように言って、アイスを頬張った。







お好きなだけどうぞ!






2012/10/31
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