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三千世界の良い子が起きても、お前と朝寝をしていたい





「今年のオレってば良い子だったから、サンタさん来るかな?」
 それは十二月に入ってすぐのこと。鼻の頭を真っ赤にしながらもわんぱくにまちなかをかけまわっていたナルトが、カカシの前に来てそう言った。今日の任務は迷い猫探しおよびその捕獲で、子どもは風の子、カカシの受け持つ下忍さんにんは寒空の下を元気に駆け回っていた。無事に猫を保護し飼い主に届け、任務報告も終了、その帰りのことである。すでにサクラやサスケの姿は見えず、暗くなった夜道にはカカシとナルトのふたりきり。街燈がふたりの影を伸ばし、なかよく手を繋いで帰途の道を急いでいた。
 サンタさんなんて、お前まだ信じてるの。咄嗟に口について出そうになった言葉を、カカシは飲み込む。きっと信じているのだ。世界の悪意に浸されながらその幼少期を過ごしていても、ナルトのまっすぐ信じる意志の強さはなんて稀有なものだろう。冷やかしのような言葉をすんでのところで飲み込んで良かったと、カカシはナルトの小さい手を握りなおす。
 そのかわり、
「お前が“良い子”ねぇ……とてもオレの目にはそうは見えないけど」
 今日も今日とてどたばた騒ぎの忍者だったナルトは、猫しか眼中にありませんと言わんばかりに市中を走り回っては一般市民とあわや衝突しそうになったり、人の家の瓦を落としたり壁を汚したり……やる気が空回りしているにしても、もうすこしやり方を考えてほしいところだ。
「なんだよ先生、嘘つきだな。オレのこと散々“良い子良い子”言ってるくせに……」
 カカシの不審げなものいいにナルトは上目づかいに睨み付ける。その寄って皺になった眉間に、カカシはフフと笑い「怖い顔しないの」と窘める。握ったままの手で眉の間をくすぐってやろうとすれば、ナルトはむずがるように顔を背ける。
「先生言ってるじゃん! ナルトは小さい口でオレを受け入れて良いっ、」
 良い子だねと。確かにそう言った記憶があって、そのときの状況もよくよく覚えている。ナルトも同じなのだろう。カカシの言葉を正確になぞらえようとしているその小さな口を、カカシは慌てて手で抑え込んだ。
「お、ま、え、ね〜! 往来でなに言おうとしてんの!」
 カカシの厚く無骨な手に阻まれて、ナルトの抗議の声はくぐもる。あたりに人通りはないにしても、屋外でベッドの上の睦言を叫ばれてはたまらない。
「でも先生オレのこと良い子だって!」
 カカシの腕から逃げ出したナルトは、自分の主張を曲げない。もしかしたらアレがナルトにとってはまだ甘い言葉として響いていないのかもしれない。無理もない。ナルトはまだ幼く、本来ならこの齢の子どもに手を出したカカシに非があるのだ。
 それがなんだ。構うものか。
「確かにお前は良い子だけどね、下忍になったんならもうサンタさんからプレゼントは貰えないんじゃないの?」
 オレとセックスしてるんだから、ナルトもう良い子であっても子どものくくりに入ったままでは困るのだ。

 なんて、自分勝手な主張でナルトの幼い憧憬を潰してしまったのは、流石に大人気なかったと、その後カカシは猛省した。サンタさんからのプレゼントを夢に見るより、ただ恋人のカカシと甘い一夜を送ることを楽しみにしてほしかっただけなのだ。なんて自分の心のうちに言い訳しても、後の祭り。ナルトの情緒が他の子より未発達なことも、情緒だけでなく体だってまだまだ子どもいうにふさわしい未熟さであることも、カカシはよくよく承知している。それでも手を伸ばさずにはいられなかったし、カカシの欲望や愛情を一身に受け止めて育つナルトが、カカシの唯一の未来だった。
「サンタさん、いなかったんだな……」
 クリスマス・イヴの任務で、サンタの種明かしをされたナルトは、ただ淡々とそう漏らした。クリスマス早朝、任務明けの帰り道のことである。夜から朝にかけて、サンタの存在を信じさせたい親の依頼で、下忍たちはクリスマスプレゼントを置く任についていた。最初の任務説明の折、ナルトはショックで涙まで流していたのだ。
「オレがどんなに良い子で待ってたってさ、来るはずなかったんだ」
 朝焼けの太陽が、ふたりに日を投げかけて、その道に影をつくる。里いちばんのイタズラ小僧だったナルトも、十二月になってからはその頻度を減らしていたことを、恐らくナルトだけしか知らないのだろう。新年が明ける前に、ナルトのイタズラが復活することも。それはアカデミーのころの話だ。
「確かに、親のいないお前にクリスマスプレゼントがなかったのもしょうがないことだ。オレも、親が死んでからはクリスマスのイベントなんてなかったしな」
 だがカカシには数少ないが枕元にプレゼントが置かれていた年はあった。そのころからもう、サンタの存在など信じておらず、朝のあいさつのあとに父に礼を言い、父を苦笑させたものだが。その父も亡くしてからは、カカシにとってクリスマスは空虚なものだった。ケーキもプレゼントもない。ちょうど戦争と重なり、あるのは血煙と爆炎、仲間や敵の死ばかりであった。
 だが、過去は過去だ。ナルトには過去のクリスマスを嘆くのではなく、これからのクリスマスを思ってほしい。そう願い、カカシはナルトへ語りかけようとした。しかし、ナルトの横顔を見て、カカシは言葉を飲み込んでしまう。
 ナルトは冬晴れの空にも負けないくらい、澄んだ青色の目を強く光らせて、言った。
「決めたってばよ、カカシ先生。オレが火影になったらさ、親のいない子どもみんなのクリスマスプレゼント配る任務つくるんだ。いちねん良い子にしてて、誰からも見てもらえずにプレゼントも貰えないなんてことはさ、オレがなくしてやる!」
 ああそうか、この子は。自分が与えられないからと言って、誰かから奪ったりするような子ではない。自分の得たものすら、他人のために分け与えられる子だ。その痛みが、分かるからと言って。
 この子が良い子でないのなら、いったい誰が良い子だと言えるのだろう。カカシは堪らず握っていた小さな手を掴み直して、ナルトの体を抱き上げた。影がひとつに重なる。
「オレはちゃあんと知ってるよ、お前が良い子だってこと」
 だからこのままお前の家に行ったら、たくさんたくさんプレゼントあげるね。
 そう言ってその小ぶりな尻を遠慮なく揉みしだけば、朝の光を浴びたナルトのほっぺたは真っ赤になった。
「先生の言う“良い子”ってさ、」
 カカシの耳元にナルトは手を当て、こそこそと話す。その息がくすぐったくて、カカシはマスクの下で顔が火照るのを感じる。
「……えっちな意味だったんだな」
 この子の情緒は、確かにカカシによって育まれていってるのだ。



「クリスマス・イヴに任務なんて、先生の鬼!」
「オレだってこの書類終わんないと帰れないんだよ……。オレがいないなら、お前だってクリスマスの意味ないでしょ」
 火影机の書類に埋もれながら、六代目火影はたけカカシは、重く重く息を吐いた。
「先生がいなくても当てはあるんだってばよ!」
「え、なにそれ。お前なに言ってんの……?」
 クリスマス・イヴの当て……? すわ堂々と浮気宣言かと気色ばむカカシに、ナルトは大きく両手を振った。
「ち、っがうってばよ! シカマルたちと! クリスマスパーティー! オレってば誘われてたのに……」
 なるほど、独身男子たちが集い囲って酒盛りか。恋人のカカシが多忙によりクリスマス前後も帰ってこれない可能性を見越していたに違いない。
「薄情なお前に特別任務だ」
 面白くない思いで、ナルトに任務依頼の紙を手渡す。ふくれっ面にそれを受け取ったナルトが、みるみるうちに顔色を変えていった。
「先生、これって……!」
「戦争で親を亡くしていたり、親がいても仕事でいなかったり、金銭的な理由であったりね。今日クリスマスプレゼントを貰えない子どもたちのリストだよ。お前はそこに行って、プレゼント枕元に置いてきてね」
「やるってば!」
 リストは三枚ほど。ナルトの多重影分身の術があれば深夜の数時間で済むだろう。目を輝かせて紙をめくっていたナルトが、ふと最後の行を見て眉間に皺を寄せる。
「……ひとり、子どもじゃないおっさんが混じってるってばよ……」
「誰がおっさんだ。この一年、良い子に火影業務をこなしていたオレにだって、プレゼントを受け取る資格はあります」
 子どものような言い分に、目の前のナルトは呆れかえっている。
「オレもここの仕事、日付変わるぐらいには終わるからさ、お前はちゃんとリストの順番通りに回ってね。で、プレゼント、ちゃんと子どもたち分はこっちで用意してるけど、オレの分はないから。お前はオレのベッドで待ってること」
「え、なにそれ。プレゼントはオレ、みたいな……?」
 睦言を分からず往来でも構わず大きな声で言おうとしていた幼い日のナルト。よくもここまで情緒を育てたものだと我がことながら感心する。
 ナルトは顔を真っ赤にして、カカシの前でもじもじしていた。
「そ。良い子にはちゃあんとプレゼントを。お前にも、ね」
 枕元にクリスマスプレゼントがなくたって、オレはお前が隣で寝ていてくれたらいいんだよ。裸ならなおさらね。
「このド変態先生……」
 ナルトは悔しそうに、そして恥ずかしそうに、カカシのにっこり笑う顔を睨み付けた。

















2016/12/24
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