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ミルキーウェイが導いて





 里の一角で催された七夕祭りに雑用係として駆り出された第七班の三人も、夜も深まって人波が落ち着く頃にはそれぞれ短冊が渡された。せっかくだから願い事を書いてから帰れという厚意なのだろう。サクラはいちばんに「好きな人と結ばれますように」と書き、サスケは「強くなる」と書いて任務終了となった。サスケの願い事というよりは決意表明を掲げた短冊を笹に吊るしてやりながら、カカシは苦く笑う。
 いちばんに願い事を書きそうなナルトだけが、居残り授業よろしくペンを持って頬づえをついていた。よっぽどたくさん書きたい願い事でもあるのか。年相応に悩んでいる姿を見て、カカシはマスクの下で穏やかに笑う。だがそろそろ帰してあげなくては。なにより明日も朝から任務がある。
「ナルト、ずいぶん熱心に悩んでるみたいだけど、お前のことだから願い事は『火影になる!』じゃないの?」
 助け舟を出してやるつもりで聞けば、ナルトはぶんぶんと首を振った。
「火影になるのはオレの夢だけど、自分の力で叶えなくちゃ意味ねーの!」
 そうしてナルトはペンと短冊を投げ出した。
「オレってば強くなるのも、みんなに認められるのも、歴代一の火影になんのも! ぜーんぶ自分で叶えてやるもんね! 誰かに叶えてほしい願い事なんかねーってばよ」
 不貞腐れたように夜空を見上げるナルトの目には、笹の葉とともに揺れるたくさんの短冊が見えたことだろう。そこに書かれた他愛もない願い事の数々。
 必要ないと突っぱねるナルトの意固地さは強さの表れなのか。見上げた気概だとあっぱれに思うべきなのかもしれない。年相応だと安堵していた己の思惑から外れたナルトの真意を知り、カカシは目を細めた。
「お前の好きな一楽のラーメンは?」
 どんなに些細なことでも、他者の存在に願う姿を見たかった。それはカカシの自分勝手なわがままに他ならない。
「一楽のラーメンはイルカ先生やカカシ先生に奢ってもらうからいーの!」
 星に願う間もなく頼ってくれるのは嬉しいけどね。一年に一回の行事に乗じて、どんなに小さな願い事もないなんて寂しいことは言ってくれるなよ。
 たとえそれが、お前自身が自分を信じている強さの証明なのだとしても。
「せっかく一年に一度、織姫と彦星が出会える日なのに、お前は淡泊だねぇ」
「オリヒメとヒコボシ?」
 しまった。幼い子どもが当然聞かされて知っているような寓話もナルトは知らないのだ。そりゃあ紙に願い事書いて笹に吊るせなんて言われても、お前は困っちゃうよね。カカシはナルトに七夕の話を聞かせてやると、ナルトの目はぴかぴかと輝いて夜空を見上げた。
「せんせー! 天の川どれ!?」
 ナルトがぴょんぴょんと飛び跳ねる。たかが十センチ浮いたぐらいじゃ、広大な空との距離は縮まらないだろうに。
「今日は曇りだったからなぁ。見えないな」
 どんなに目を凝らしても、夜闇に光り連なる星々の姿は視認できない。
「えっ、じゃあ織姫と彦星は一年に一回の七夕の日も会えねーの!?」
「どうだろうなあ。雲の中で隠れて会ってるのかもしれないぞ」
 まあその前に、お前はアカデミーでの授業をもう一回受け直した方が良いと先生は思うぞ。天候や星の知識は忍者には必須のはずなんだがなあ。織姫と彦星が本当にいるなんて、疑うこともなく信じ込んでしまった素直さがカカシには気がかりだ。こいつ本当に忍者なんかやっていけるの。忍びは裏の裏を読まなくちゃいけないのに。
 カカシに心配されているとも知らずに、ナルトの手は放り出したペンを握ると、スラスラと短冊に願い事を書きだした。先ほどまでとは大違いだ。なんて書いたのか当然気になって、カカシはその手元を覗き込む。
 ――オリヒメとヒコボシがずっといっしょにいれますように。
 拙い字で書かれた言葉に、カカシは言葉を失い、ナルトは屈託なく笑う。
「一年に一回だけしか会えないなんて、さびしいもんな!」
 孤独を誰よりも知る、お前だからこそ。それは書ける願いだ。自分のことより他人のことなんて、ナルトにしか書けないことだとも思う。
 カカシはとんとんと指先で短冊を叩いた。
「いっしょにい“ら”れますように、な。キチンと書かないと、お星さまに恥ずかしいぞ」
「おっ! ありがとな、先生!」
 些細な言葉の誤りしか指摘できない。なんと言ったらいいのか分からない。ナルトよりひとまわりも長く生きているはずなのに、お前といると自分の無知に気付かされるばかりだよ。
 ナルトの短冊を笹のいちばんてっぺんに飾ってやって、それで本日の任務は無事に完了した。

 その夜のことだった。微かな声にナルトは目を覚ました。
 ――予言の子よ、心優しい願いをありがとう。
「予言の子?」
 深夜の暗闇からか細い明かりがナルトに降っていた。
 ――あなたの願いを叶えましょう。あなたは誰と「ずっといっしょに」いたいですか。
 しかしその声を聞いても、ナルトは首を振った。
「ずっと一緒にいたいなんて、みんなとに決まってるだろ。それでさ、それでさ、みんなとの繋がりはオレがちゃんと握ってなくちゃいけねぇもんだから、誰かに願いを叶えてもらうもんじゃねぇんだ」
 夢うつつであったが、それだけはきちんとナルトは言った。その覚悟を見て、光はフッと淡く広がったようだった。ナルトの金髪が反射して虹色に輝く。
 ――あなたの歩む道に、幸多からんことを。私たちも天上の星々から見守っておりましょう。
「おう! ありがとな!」
 その光は優しくナルトを包み込み、やがて途切れた。朝起きると、ナルトは不思議な夢を見たものだと首を傾げたが、ついぞその内容を思い出すことはできなかった。






「バァちゃん、ひとつ聞いていい? カカシ先生は……」
「カカシは……」
 木の葉を襲った未曾有の脅威に、カカシは命を落とした。いまは三途の河を渡る前に、成仏し損ねた父親と生前の思い出を語っているところだ。
「父さん、それでね」
 父が死んでから、さまざまなことがあった。それでも辛かったことや苦しかったことより、話題は穏やかな日常風景が主となった。
「ナルトがな、」
 父に知ってほしかったのかもしれない。道半ばで倒れたとしても、自分は決して不幸ではなかったと。明るい光に照らされて、まっすぐ道を歩んでこられたことを幸福と思っていることを。その明かりの名を、カカシは何度も繰り返した。
「そのときナルトがなんて言ったと思う? あいつは、」
「待て、カカシ」
 しかし永久とも思える時間を制したのは、いままで微笑ましく息子の話を聞いていたサクモ自身だった。
「お前に迎えが来たようだ」
「えっ」
 サクモの示す先に、一本の道が淡く輝いて浮かび上がっていた。
「お前の帰る道だ」
「なんで、オレは死んだはずなのに……」
 ぱちりと焚火の火が跳ねる。そこにオレンジの灯火とは異なる白々とした光の柱が二対降りてきた。
 ――人の子よ。この道を進みなさい。これは予言の子へと続く道。
 厳かな声は、その主の姿を見せず、ただ女の高い声とも男の低い声とも聞こえた。
「予言の子?」
 ――予言の子が繋いだ道。あなたは渡らねばなりません。
「カカシ、もう行きなさい」
 戸惑い立ちすくむカカシを、サクモが促した。
「でも」
 死んだと思った。それでも後悔はなかった。いまさら帰れと言われても、カカシにできることなんてないはずだ。帰る場所なんてどこにある? あの呪われた世界に。
 ――ずっといっしょにいられますように。
「お前の胸で燃える『灯』の名前を、お前はもう知ってるはずだ」
 幼い願いがカカシの胸を打ったそのときから、絶えず燃え盛るその明かりの名。
 ――これはあの子へ続く道。
「あれはお前の生きる希望へ続く道なんだろう」
 サクモは穏やかに笑った。
 煌々と光が降り注ぐ。
 ――行きなさい。あの子のもとへ。
「行きなさい。カカシ。お前の幸福を願ってる」

 カカシは一歩、踏み出した。一歩一歩と、歩みを進めるごとに、道の光は強くなる。それは散らばった星々の輝きだった。カカシは、知らずに駆け出していた。
 一刻も早く辿りつきたいと、気が急いていた。おかしい。帰る場所などないとためらっていた先ほどの自分が信じられない。帰るべき場所なんて明白じゃないか。
 あの子の、ナルトのもとへ!

 ――正しい願いをありがとう、人の子よ。あなたたちの道に幸多からんことを、天井の星々のきらめきから、ずっと願っておりますよ。

 天の川に架けた橋は、織姫と彦星だけでなく、ナルトとカカシにも希望の道となったのだ。













2017/7/8(初出)
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