inserted by FC2 system








まなざしがきこえる





「イルカ先生、ちょっと付き合ってくれねぇかな」
 イルカの奢りで一楽のラーメンを食べ終えて、満足げに息を吐きだしたナルトが、殊勝な態度でそう申し出てくるので、イルカはびっくりして目を丸くした。昔は遠慮も何もなく、イルカ先生!とひっついてきたというのに、やはり里を離れて二年半の月日は少年を成長させたのか、大人びた表情を見せる。それが少し寂しいと思う。
「どうしたんだ改まって」
 大事な教え子であり、弟のようにも思っている子どもの成長を寂しいと思ってしまう身勝手さが恥ずかしく、イルカはことさら明るく尋ねた。対するナルトはきまり悪げな顔をして、頬を掻く。そんなに言いにくいことなのだろうか。
「あのさ、プレゼント選びを手伝ってほしいんだってばよ」
 おずおずと言い出したナルトに、思春期の到来を察してイルカの胸はむず痒くなった。あの悪戯で人の気をひこうとしていたナルトが、プレゼント! 時の流れは残酷で、時に優しく救いにもなる。いまのナルトの胸を占めているのが誰なのかイルカは知らないが――同班のサクラだろうか――ナルトの淡い思いがいつか彼にとって良き思い出になってくれれば良いと心から願う。そのためなら、自分にできる限りを尽くしてナルトに協力してやろう。
「プレゼントか〜。言いたくなかったら言わなくても良いが、誰に、なんのために贈るつもりなんだ?」
「えっ」
 面食らったように聞き返すうぶなナルトの反応に、イルカは眉尻を下げる。
「どういう人物にあげるのか、その人の年や好きなもの、趣味なんかで、どういうものを選ぶのかも変わってくるだろう。それから、祝いの品なのか、感謝の品なのかとか」
「あっ、カカシ先生の誕生日プレゼントだってばよ」
 その言葉を聞いて、今度こそイルカは目を剥いた。勝手にナルトが初恋の女の子にプレゼントをあげるものだと思っていたから、意外な名前に驚いたのだ。
「カカシ先生に?」
「そう! 毎年お祝いしてんの! でもオレ、エロ仙人と修業に行ってただろ。だからちゃんとお祝いすんの今年が初めてで、プレゼントあげてケーキ食うにも、プレゼントって何あげたらいいか分かんねぇんだよな」
 湯水のようにとうとうと語られるナルトとその担当上忍の話に、イルカは驚かされてばかりだ。ナルトが修業の旅に出ている間も含めて、毎年彼の誕生日を祝っているなんて、それこそ寝耳に水だ。この二年半、便りがないのは元気な証拠だと、イルカにはなんの連絡もくれなかったのに!
 教師の心教え子知らずな元生徒は、悩みに悩んで袋小路に陥っていたのだろう、そのうっぷんを吐き出すかのごとく勢い込んで喋りはじめる。
「イルカ先生もカカシ先生も大人だし、先生だし! なんかさ〜、どういうもの貰ったら嬉しいとか分かんねえ?」
 そりゃあナルトに比べればイルカもカカシも大人だろう。だが同じ先生と言えど、片や中忍の事務の傍らアカデミーで教鞭を執る自分と、片やエリート上忍として下忍たちを受け持つカカシとは、同じ「先生」とくくられるには語弊がある。それこそ先代火影や現火影、自来也様だって大人であるし、他班のアスマ上忍や紅上忍、ガイ上忍、彼らのほうがカカシとの立場なら近いだろう。
「オレの意見で参考になるかな」
 苦笑いを口元に浮かべつつ自嘲する。するとナルトは存外真面目な顔をして頷いた。
「なるよ。だってイルカ先生もカカシ先生もさ、オレが尊敬する先生だもん」
 自慢の教え子にそんな口説かれ方をして、自分のちんけなコンプレックスで断れる人間なんているだろうか。イルカは思わず破顔して了承した。



「これはどうかな? こういうのは? やっぱこっちのほうが良いかな〜」
 真剣な目であれやこれやとナルトが物色するのを、イルカもまたできるかぎりの誠意を持って答えていた。商店街に軒を連ねる雑貨屋は、多種多様な日用品を取り揃えている。まずは無難なところから見始めたのだ。しかしその多種多様さがナルトにはかえってプレゼント選びを難航させて、なかなかひとつに決められないでいる。もっと良いものがあるのではないか、もっとカカシに相応しいものが別にあるのではないかと、棚の上に並べられた雑貨をあちこち見ながら、視線は滑っていく。目についたものを片っ端から手にとっては、イルカに意見を求める、その繰り返しだった。小一時間もすれば、流石にイルカも疲れてくる。
「ナルト、休憩しないか。そこに甘栗甘があるぞ」
 二三時間前に一楽のラーメンをたらふく食べたばかりだと言うのに、おやつの気配にナルトの顔には喜色が浮かんだ。
「おしるこ! 食べたい!」
「分かった分かった。食べ過ぎて夕飯食えなくなったらいけないから、二杯までな」
「やりい! イルカ先生ありがとな!」
 ナルトがイルカの手を取ってぎゅっと握った。三年前なら人目も気にせずその小さな体で抱き着いてきたものだが、いまはその熱い手のひらがナルトの好意をよく示してくれる。成長しても、ナルトはナルトだ。変わったところがあっても、ナルトは変わらないな。そう微笑ましく雑貨屋を出た。そのときだ。
「!」
 鋭い視線に貫かれて、怖気が走る。すぐに周囲を警戒するも、なにも不審なところはない。それどころか、あわてて周りを見回した突飛な行動こそ不審に思われたのだろう、「イルカ先生どうしたんだ?」とナルトが尋ねてくる。「なんでもないよ」と答えた瞬間にも、背中を這うような怖気がぞわぞわと追ってきていた。

 甘栗甘でナルトにしるこを奢ってやり、自身は団子を齧りながら、イルカは確信した。この視線の正体だ。周りの、特に実力ではとっくにイルカを超しているだろうナルトにも気取らせず、器用にイルカのみに注がれる視線。殺気とまでいかないが、どろりと絡み付いてくるような粘度は妬みからだろうか。
(大人げないですよカカシ先生!)
 ナルトに毎年――木の葉から離れていた空白期間も――誕生日をお祝いされていたという話を聞いて、確かにイルカ自身面白くない思いをした。しかしこんなにあからさまに、そして巧妙に嫉妬心なんて出しはしなかった。それはひとえにナルトの裏表のない好意を目の当たりにしたからであるし、ナルトのまっすぐな気持ちに比べて自身の身勝手な感情が恥ずかしくなったからでもある。それをこのカカシという上忍ときたら。
(垂れ流しじゃないですかカカシ先生!)
 イルカ本人に隠すという意識もないのだろう。ナルトにさえバレなければ良いのだと開き直っている節さえある。おかげで串に刺さった団子三つを嚥下するにも難儀する。
「……なぁ、イルカ先生」
 好物のしるこにご満悦だったナルトが、上目使いにイルカに視線を寄こしてくる。おずおずとした遠慮のある目線は、ナルトらしくないと言えばそうなるのかもしれないし、実は素直に甘えることには慣れていないのだと思い至ればナルトらしいと言えるのかもしれない。
「このあともさぁ、付き合ってもらっても良い?」
 もうあんまり時間もねぇしさ。お願い、イルカ先生。
 そのひたむきで必死な上目遣いは、正しくイルカに向けられているものだ。だがその実、その視線の先にいるのはイルカではないのである。その当人はいまも大人気なくイルカの背中に物言わぬ文句をぶつけてくる。前門の教え子、後門の担当上忍だ。
「良いに決まってるだろ。なんなら今日は泊まってくか」
「ほんと!? イルカ先生大好き!」
 そうしてイルカは教え子に頷いてやった。安心して、それから素直に喜び好意を伝えてくるナルトの姿はまだまだあどけない。そして痛いほど背中に突き刺さる視線の主は大人げがなさすぎる。
 中忍服を通して、肌をチリチリと刺すほどの視線の強さ。イルカは知らずに苦笑を漏らした。目は口ほどにと言うけれど、担当上忍と下忍が揃いも揃って似るものである。ナルトは雄弁にカカシへの思慕を語り、またカカシも一方的に叫んでいる。
 その隣にありたいと。
 うるさいぐらいに。

















2017/9/23
inserted by FC2 system