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桜の花を見ると、あまりの美しさに胸が打ち震える。
桃色に薄く色付いた小さな花びらが無常にも散っていく様は、壮絶な色香すら湛えているようだ。

一面に薄紅色が舞う中で、意識は遠くさざ波のように以前友人が教えてくれた言葉を思い出していた。

「知っていますか?」

「桜の花は最後に咲くんです」

「桜が散って終わるのですよ」

囁くようにそっと教えてくれた。俺は今でも、忘れられずに覚えている。一種の呪いのように、言葉が耳からこびりついて離れないのだ。

桜が散っている。終わりの予感だ。
桜の散り際がうつくしい。うつくしい。うつくしい。

土手沿いの桜並木をゆっくり歩きながら、俺は友人の本田宅へ向かっていた。

「ラッキーホールの底のそこ」

友人、本田菊は俺を見るなり頭をちょいと下げた。会釈の文化に馴染まない俺は、彼のつむじを見せられてわずかにたじろいだ。
「わざわざお越しいただいて、ありがとうございます」
俺の怖じ気を見透かしたように、本田は曖昧に笑んだ。彼のこういう気遣いと思わせぬ気遣いを、素直に歓迎した時もあったが、今はすこし嫌気が差している。そんな自分がまるでいやな奴のようで、友人に対して不愉快な気持ちを抱いたことを俺は恥ずかしく思った。
「本来は空港でお迎えに上がるべきでしたが、急用が入ってしまって、ご足労をおかけしして申し訳ないです」
「いや、かまわねぇよ。行く道で桜も見れたことだしな」
羞恥心を隠すように答えると、言い方がついぶっきら棒になってしまう。本日二度目の自己嫌悪を催す。卑屈な考えに陥りそうになる自分を叱咤して、毅然と背筋を伸ばす。向かい合っていた本田は、そのまん丸い目を僅かに見張った。本田のもともと黒々と丸い目が、更に丸くなっている。なにかと控えめは反応を取る普段の彼らしからぬ、オーバーな反応だ。
「桜、お好きでしたっけ?」
零れたような問いかけに、すこし憮然とする。
「むしろなんで嫌いと思ったかを知りたい」
日本の桜は美の極みだ。何かと他国のものに関しては皮肉や揶揄しか飛ばさない俺でも、日本の桜は素直に賞賛に値するものだ。
「いえ、なんとなくです」
なんとなくってなんだ。俺は鼻白んだが、本田にとっては大した意味などなかったのかもしれない。立ち話はなんですし(なんですしってなんだ)と言って、俺を家へ招き入れた。
本田の家は、石造りや藁葺きやウサギ小屋でもなんでもなく、日本の住宅を平均化したような、日本にならどこにでも見られるようなマイホームだ。
英国と比べれば狭い玄関、すぐに続くリビング、キッチンはリビングと一緒、トイレと風呂があって、階段が続いている。階段横に、申し訳程度の和室がある。本田は和室に俺を招いた。
「オジャマシマス…」
日本特有の部屋に入るおまじないだ。昔は日本の妖精が畳の部屋にはよくいて、俺がこのおまじないを唱えると、嬉しそうにきゃらきゃらと笑っていたものだった。最近は妖精も見なくなったが、畳の部屋に招き入れられた時は、俺はいつも癖でおまじないを言う。本田は最初こそ変な顔をしていたが、今は慣れたのか何にも反応しなくなったから、きっと日本の礼儀には適っているのだろう。
「あなたに見せたいものが、というか是非引き取ってほしいものがあってですね。ちょっと大きいんですけど…」
そう言って彼が襖の奥から取り出したもの。
それは、うら若きアルフレッドが裸身のままその足を自ら広げて秘所を曝け出している、その姿が緻密に描かれたベニヤ板だった。
「は…?」
本田がとりだした、あまりに淫蕩な絵に呆気にとられて言葉が出ない。
「なんだ、これ…?」
「アルフレッドさんです」
本田の簡潔な答えに目を剥きだした俺を見て、何を考えているのかさっぱりわからない日本人は説明を付け加えた。
「アルフレッドさんのラッキーホールです」
ラッキーホール。グローリーホールとも言う。開いた穴に陰茎を突っ込み、手淫または口淫してもらうのだ。ラッキーホールのアルフレッド。
ベニヤ板に何も身にまとうことのない全裸のアルフレッドが描かれている。屈託のない笑顔を浮かべているが、膝裏を抱えてあられもない痴態を見せつけている。顔の輪郭はまだ柔く、その眼差しはまだあどけない。今のアルフレッドより(外見年齢で言えば)五歳は若返らせたところだろうか。肌は日に焼けて若々しさを謳歌させるかのように染まっているが、日に焼けない奥深いところはまっさらなままで、羞恥のせいか、淫蕩な朱を差しているように見える。えろい。アルフレッドの未熟な自身は僅かに、ほんの僅かにだが反応を示していて、彼が何を思って、ナニに欲情して、未発達な性を開花させたのか、否応なく妄想をかきたたせた。しかしこれは、全部精密に描かれたものである。まるで見てきてかのような写実ぶりに、疑いの眼差しを本田に向ける。本田は笑った。
「全部妄想ですよ」
そんな訳あるかとも思うべきだったが、本田の言うことは尤もだった。そして本田が、今のアルフレッドの裸体さえろくに見たことがないのだろうと分かって、愉悦を感じる。このアルフレッドには、決定的なものが足りないのだ。
「なんでこんなもの作ったんだ?」
「ただの暇つぶしですよ? 摩が差しまして」
(狂気の沙汰だ)
こんな破廉恥なものを、しかも共通の知り合いをモデルに出して、暇つぶしでつくったりしない。しかし本田は、夏や冬になると、修行僧のように猥褻な漫画を描いていると聞いたことがある。常軌を逸しているが、これが日本の“ヲタク”の暇つぶしなのかもしれない。それでも、アルフレッドにとっては、気分を損ねるには十分で、名誉棄損かなんかで訴えられても仕方ないだろう。
「こんなもん暇つぶしに作って、俺に見せて、どうしろって? 変態のお仲間にでもなれっていうのか?」
勿論、気分を害されたのはモデルにされた本人だけじゃない。幼少のみぎりから大切に大切に育ててきた、弟も同然に思っていたアルフレッドを、こんな形で汚されて、俺だって腹立っていた。
しかし本田の返した答えに、呼吸が止まった。

「そうですよ」

「あなたに、変態になってほしいんです」

こいつは俺が認めていた以上に気の違った変態らしい。「なんだって?」地の這うような声で俺は聞いた。

「ですから、あなたのソレをですね、アレに入れて頂いて、気持ちよくなってもらいたいんです」
「それでお前が手やら口やら使ってご奉仕するってのか。悪いが勃たねぇぞ」
そう言って袖口を捲り上げる。俺の肌にははっきりと鳥肌がたっていた。ドン引きだ。
「いえ、私でなくてですね…。ちょっと待っててください」
本田はこそこそと和室から出て行った。だが、俺が呆れて溜息をついたかつかないかぐらいの間をおかずに、誰かの手を引いて戻ってきた。その誰かが誰だと認識した瞬間、再び呼吸が止まる。驚きにひゅっと喉が鳴った。怒鳴り散らそうと意気込んだが、それより早く、本田が何も喋るなと言うように「しっ」とした。
しっ、じゃねぇよ。
混乱が襲って理解不能が極致に陥り頭痛がする。頭がどうにかなりそうだった。本田は、こともあろうか、アルフレッド本人をラッキーホールの裏側へと導いたのだった!
可哀想にアルフレッドは目隠しをされて、本田の手が導くままに、自らのはしたない姿が描かれたベニヤ板の奥へと座らされた。膝もとにはご丁寧にバケツが置かれていることに初めて気付いて、更に気分が悪くなった。
俺にどんな乱痴気騒ぎを起こさせたいのか知らないが、何を考えているかもはや分からない微笑を浮かべて、本田は「さぁ」と促した。
さぁ、じゃねーし。
独立前の面影を見せるアルフレッドに自分のブツを突き刺して、現在のアルフレッドに弄って貰うだなんで気違い沙汰だ。何が愉快でそんなことをしなくてはいけないのか理解に苦しむ。しかし本田はこんなことが愉快で堪らないのだろう。とんだ変態だ。
ここで一番可哀想なのは何も知らないアルフレッドだ。アルはラッキーホールなんて淫蕩な代物の存在すら知らないだろうし、自分が今その前に座らされて、しかも自分の裸体が描かれているベニヤ板の裏で、今から何が始まるかなんて分かってもいないはずだ。
動き出さない俺を見かねて、本田は口を開いた。
「アルフレッドさん、口を」
「ああ」
アルフレッドは素直に口を開く。穴から少しずれているが、それは俺が入れる時に調整すれば何の問題もない。いや、そうじゃなくて。
そうじゃない。そうじゃないはずなんだが、アルフレッドはの赤い口内が、だんだんいやらしい唾液を溜めてきているのを見ると、そうじゃなくもないような気がしてきた。実はアルフレッドは分かっているのだろうか。これから何が起こるのかということを。そして待ち望んでいるのではないか。ベニヤ板向こう側では、穴から覗くアルフレッドの口元ぐらいしか見えないが、目隠しをしているアルフレッドは今、その眦を期待で赤く染めていないか? これから口内を荒々しく犯される快感を思って、その身体を疼かせてはいないだろうか。アルフレッドの自身もまた、やはり絵のように、僅かばかりに勃ちはじめてきてはいないだろうか。まだ何もされてないのに反応してしまう自分自身に、淫らな羞恥心を抱いているかもしれないじゃないか。
本田が頷く。音は発さずに、本田はゆっくりと唇だけを動かした。
待 っ て ま す よ 。
俺はジッパーを下した。
取り出した一物は既に固くなっている。躊躇うことはない。あどけない微笑みを浮かべる小さな可愛いアルフレッドを傷つけないように、俺はゆっくりと穴へと挿入した。照準が少しずれたのか、先っぽがアルフレッドの口元に当たったが、唇をペニスで舐めるかのようにぐるっと回してから、アルフレッドの口に突っ込んだ。「んっ」零れだしたアルフレッドの吐息がいやらしくて可愛い。俺の男根を入れられてあまり驚きもしなかった口内を良いことに、俺はその小さな穴を蹂躙していく。まずねっとりした舌にカリ首を押し付けてねぶらせた。アルの唾液と、俺の先走り液が混ざって、泡立って、ぐじゅぐじゅになる。完全に勃起したものを今度は奥深くへねじ込んでいく。急に圧迫された自身が喜びにのたうつ。だがまだ解放には早すぎる。俺はゆっくりとアルフレッドの口内で律動した。飲み込むことなんて考えもしなかったのだろう、唾液がアルの口元をべたべたに濡らしている。喉の方まで垂れてきているかもしれないな。きっとアルフレッドは苦悶の表情を浮かべているのだろう。だけど、俺が見ているアルフレッドは、ただ笑っている。嬉しそうに笑っているんだ。あの頃のアルフレッドが、俺を受け入れるために自ら足を開いている。満面の笑みで誘っている。アルフレッドの穴の中は熱く、ねっとりとしていた。アルフレッドの過去も現在も辱められている。可哀想なアル。可哀想で、可愛いアルフレッド。俺だけのアルフレッドだ。
律動はだんだんと早まっていく。怒張はひたすら快感を追うことで必死だ。しかしまだだ。まだいきたくない。俺は自らの根元を握りしめた。
背後で本田が息をのんだ気配がする。本田に引かれるのも今さらだろう。ましてやこの状況に追い込んだのは本田なのだから、俺がどんな変態行為をしようが、本田に責められる謂れはない。
今この場で、常軌を逸していない奴なんていない。何を考えてるのか知らないが、こんなことを受け入れるアルフレッドもアルフレッドだ。そして俺たちを傍観している本田は変態だ。
目隠しして何も見えない、わからないだろうアルフレッドを良いことに、思うままに口内を犯していく。解放は近いのに自分で自分を戒めていて、どうにもならなさに眦が濡れる。もどかしい快感に打ち震える。
気持ちいい。きもちいい。きもちいい。
無邪気なアルフレッドの中に挿入している。もう無邪気ではなくなったアルフレッドが俺にフェラチオをしてくれている。背後で本田が、アルフレッドの本当の裸体すら知らない本田が俺たちの痴態を見つめている。あたまがおかしくなりそうだ。アルフレッドの中はねっとりとしていて、熱くて、狭くて、とてもイい。蠢く舌がだんだんと大胆になっていくのがわかる。アルフレッドの唾液が、体液がとめどなく溢れていき俺のものに伝っていく。
俺の両手までびしゃびしゃだ。はしたないアルフレッド。まだ性的な快感、淫らな快感、なんにも知らないように笑っていて、下半身は俺を迎いいれて濡れている。なんて光景だろう。なんて淫靡なんだろう。
手を使うことを知らないのだろう、アルフレッドは何も見えない中、口だけを動かして俺に(俺だとさえこいつは知らないんだろうな)奉仕している。滑稽で可愛い。なかなか出さない俺に焦れているのか、得意の負けず嫌いでも起こしたのか、躍起になって俺の先端をちゅうちゅう吸っている。
「ぁん」
喉から喘ぎ出たアルフレッドの吐息に、思わず手を緩めてしまった。
「うっ」
もともと絶頂に近かった俺のものは、アルフレッドに吸い付かれてあっさりと射精した。
「うえっ」
中に吐き出されて驚いたのだろう、ベニヤ越しにびしゃっと音がした。
そんなに出したかと、ぼんやりした頭で思う。俺のアルフレッドはまだ微笑んでいる。可愛い。背後からアルフレッドが咽ている声が聞こえる。かわいい。俺は一発出せたし、最高に良い気分だった。前段階の意味不明なアレやコレなど忘れて、可愛いアルフレッドを見つめながらすっきり満足していた。
しかし徐にベニヤ板から顔を覗かせたアルフレッドと目が合ってしまい、気分は急転直下する。アルフレッドは嗚咽していた間、自分で目隠しを取っていたのだろう。目元が潤み、眦が朱を孕んでいる。少し泣いたのだろう。かわいそうなアルフレッドの姿に、今までナニをしていたのかまざまざと思い知らされる。アルフレッドの口元がいまだに濡れているから、余計にいたたまれなかった。
「あ、」
こういう時、なんて言えばいいのかわからないな。ごめんとかすまんとか、逆に気持ちよかったよとでもぬかせば良いのか。

「君、どっちの俺で抜いたんだい?」

俺のじゃないアルフレッドはいつも無慈悲だ。

「え、」

答えれらない俺に、アルフレッドは心底軽蔑した眼差しを向けた。本田は我関せずの態度を崩さない。俺はもう、どうしていいか分からなくて、とりあえず出しっぱなしは良くないなと思い、ジッパーをあげた。

「最低だな。ホントにもう、しんじゃえよ、君」

桜が散った。終わりの予感だ。






ラッキーホールの底のそこ



そこはどん底。



2012/08/26