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木の葉の里の餅焼き大会





 カカシが担当する第七班の年明け最初の任務は里で行われる餅つき大会の手伝いだった。下忍たちは年初めから元気に(一部ぶうたれながら)里の子どもたちにつきたての餅を配っていく。
 昼休憩のとき、カカシは自分が担当する三人の年若い部下たちに「先生からのお年玉だよ」と言って支給された雑煮の椀を渡した。
「お年玉がお雑煮~!?」
 サクラが高い声で非難し、
「チッ、しけてんな」
 サスケは目上への失礼な態度を隠さない。
 そのなかでナルトだけが
「お年玉って雑煮のことなのか! 先生ありがとうだってばよ! いただきまーす!」
 と素直でよろしい。
「馬鹿ねぇナルト。お年玉って言ったら普通は現金よ。げ、ん、き、ん!」
「そうなのは?」
「きゃ! ちょっと! 食べながら話さないでよ! 汁が飛ぶじゃない」
 年始早々ぎゃーぎゃーとやかましい七班のメンバーを、カカシは唯一出している片目を限界まで細めて見ていた。つまり、あまり直視しないようにしていた。
「お年玉とは本来年神様の魂と書いて『御年魂』。新年にその魂が宿るとする餅を食べることで、人も新たな年を迎えられるようになるという由来がある。先生のお年玉も間違ってはいないよ」
 そこで餅つき大会をとりまとめる老爺が子どもたちに親切に説明してくれた。サクラがよそ行きの顔で「へ~、そうなんですか」としきりにうなずく。正直、カカシもお年玉の由来は初耳だ。
「そうそう。お前たちが忍としてちゃんと年取れるようにね。先生からのお年玉ありがたく食べなさいね~」
「嘘くさい……」
「先生ほんとに知ってたのか?」
「……」
 などと、せっかく笑顔で言ってみても、旧年にさんざん笑顔で誤魔化した経験を忘れていないのか、子どもたちはひそひそと――隠す気もないぐらいの声量ではある――上忍への不審を隠さない。
「……あったかいうちに食べちゃいなさいね」
「はーい」
「おっす!」
「……」
 それでも素直に箸を進める幼い部下たちを、カカシは可愛く思っている。
 ――忍としてちゃんと年を取れるように。
 自分で言っておいて、重い言葉を放ったものだ。カカシは腹の底が冷たく重たくなっていく感覚に襲われる。過去、どれだけの子どもたちが――忍であったがために、いや忍であったからこそ――年を取れずに死んでいっただろうか。カカシの脳裏に幼い子どもたちの面影が浮かぶ。鉛でも飲みこんだかのように胃もたれがする。
「先生? 腹の調子でも悪いのか?」
 声変りも済ませてない高い声。
「ナルト?」
「さっきのじいちゃんが、先生にもお年玉だって」
 未発達な小さな手が、雑煮の入った椀を差しだす。
「食えるか、先生」
 心配げな眼差しはまっすぐにカカシを射抜く。情報量の多い目だ。こんなにあからさまで、まっすぐな子どもが、これからの過酷な忍の道を、どう歩いていくんだろう。あっという間に飲みこまれてしまわないか。九尾の呪いごと、道半ばで。
「ありがとう。でもこれは、お前が食べな。いっぱい食って早く大きくならなきゃな」
 伸び放題につんつん跳ねる金髪の頭を撫でる。いつもは擽ったそうな顔をして喜ぶのに、こういうときだけナルトは鋭い。訝しげな目をして、「先生のお年玉食っちゃったら、先生ずっと新年迎えらんねえじゃん。先生ちゃんと食べなきゃだめだぞ」と説教する。
 あの日からずっと、新たな年など迎えたくなかった。止まった時間の子どもたち、対して、年を取っていく自分。
「……そうだな」
 でもこの子どもは、そんなこと知りもしないのに、それはだめだって言えるのだ。




 木の葉隠れの里の正月では、餅つき大会は毎年の恒例行事である。戦争などでできなかった年もあるが、カカシが六代目に就いた後は毎年欠かさず行っている。それは弟子のナルトが大願叶って七代目となった今でも変わらない。
 年神さまの魂が宿った餅を、目上のものから目下のものへ。無事に年を重ねられますように。そのような由来を知らずとも、里民は毎年美味しそうにつきたての餅を食う。
 火影は年始から新年の挨拶まわりやらなにやらで忙しいので、餅つき大会を取りまとめるものは他の者になる。広い里を区分け、それぞれに長を立て、足りないところは下忍たちを借り出している。だが七代目は多忙な業務を影分身で並行させるので有名だ。餅つき大会の運営こそスタッフに任せているが、毎年参加しては自ら里民に餅を配る。その姿はさながら里の父と言ってもそん色ないだろう。
「お疲れさん」
 関係者用のテントの中で、七代目火影はパイプ椅子に腰をおろし、前傾に伸びていた。
 その肩を軽く叩いて起こしてやったのはカカシである。
「カカシ先生も」
 身を起こしたナルトの目の下に、隈が色濃い。ただでさえ年末は多忙を極めるというのに、年を明けて三が日が終わる今日になってもいまだナルトに休みはない。
「無理しすぎてるんじゃないか」
 そこまで忙しいのなら、餅つき大会などという小事にまで顔を出す必要はないだろうに。
「いや、まだ頑張れるってばよ」
 そう笑うナルトの顔は大人のものであった。低い声が自らを鼓舞するように――自らに言い聞かせるように――さらに低まる。
「里のみんながちゃんと新しい年を取れるように、火影のオレが頑張らなきゃ」
「だからこそ休みもちゃんと取りなさいよ」
「分かってるって。カカシ先生は最近心配性だな」
 どの口が言うのか。心配をさせるだけさせているのはナルトの方だ。
「ほら、お年玉。ここぐらいはゆっくり食べなさい」
「ありがと。先生」
 支給された雑煮は、火影用に山盛りになっている。ナルトはそれを見て顔をほころばせた。
「今はさ、オレにお年玉とか、一楽奢ってくれるのはカカシ先生かイルカ先生だけだよ」
 里長の立場になっても、ナルトはこのふたりを「先生」と呼ぶのをやめなかった。それをカカシも――恐らくイルカも――無理に止めようとはしなかった。
 ナルトはずっと孤独の少年だった。お年玉の風習すら下忍の任務があるまで知らなかった。
 里のみんなに認められたいと火影を目ざした子どもが、里のみんなに認められて火影になった。夢を叶えたあとの、ナルトの心境をカカシは推し量ることが難しい。
 ナルトは時に、急き立てられるように火影の業務に打ち込んでいる。
 それは、ちゃんと火影の仕事をしなければ、いつか里のみんなに見放されてしまうぞと脅迫されているかのようで、カカシはいまのナルトを見ると途方に暮れてしまうことがある。
 なにがお前を、そこまでせきたてるのか。
 対極にあればあるほど身近に感じる、拭えないお前の孤独の過去か。
「あれ、先生。この雑煮、餅が入ってないぞ」
「あぁ、抜いちゃったからね。オレが」
「えっ、なんで!?」
 お前に新たな年を迎えてほしくないと思う。先に進めば進むほど、遠くに行くお前を見たくない。ずっとこの手で収めていたかった。子どものままの小さなナルト。あのとき、小さな頭を撫でた感触が、まだこの手に残っている。早く大きくなれなんて、言わなければ良かった。
 そんなことを言ったら、きっとお前は困ってしまうね。
 もしかしたらあのときの素直さで、オレに「だめだ」と言ってくれるかもしれない。
「お前の餅ね、いま焼いてもらってるんだよ」
 手慰みのようにその頭を撫でると、ナルトは照れ臭そうに笑う。どんなに大きくなっても変わらない、その笑みで。
 新たな年を迎えてほしくない。だけどナルトには無事に年を迎えてほしい。遠くに行くお前を見たくない。だけど先に進むお前の背中を誇らしく思う。ずっとこの手に収めたかった小さな子どものナルト。だけど短く切りそろえられたナルトの髪に、いまも触れることを許されている。恐らく、カカシだけが。
「なんで? せっかくつきたてなのに」
「なんでだろうねぇ」
 この矛盾する気持ちは、なんだろう。












2018/1/6(初出)
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