inserted by FC2 system








汗も滴る熱い雪





 雪見をしようとカカシから誘われたのは、カカシの火影業、ナルトの上忍の任務が忙しくなって、ふたりがプライベートで会うことがめっきり減った冬の初めのことであった。カカシが指定した日の降雪確率はゼロパーセント。もとより火の国は温暖な国だ。二月に雪が降ることもあるけれど、ホワイトクリスマスなどほぼない。それでもナルトは構わなかった。雪こそ降っていないものの、体に当たる風は冷たい。去年に貰ったカカシからのマフラーをぐるぐるに巻いて、約束した一時間前にはもう家を出ていた。
 なんていったって、ナルトとカカシは恋人同士なのである。それがもう、夏の終わりごろからご無沙汰なのだ。若いナルトにとっては由々しき事態である。別にふたりの仲が険悪だとか、倦怠ムードであるといったことではない。とにかくふたりとも多忙なのだ。S級任務に忙殺されている。一応、片や火の国六代目火影のカカシと、片や木の葉隠れの忍びであるナルトが、まったく顔を合わせないなどということはない。しかしそのほとんどが、火影室の灯影机を挟んだ距離で、公の場で他の仲間もいる中での任務報告なのである。目の前の恋人が火影の顔をしている以上、ナルトも上忍の顔で対応しなければならない。ふたりが付き合い始めた当初、「お前は火影になるんだろう」とカカシに口を酸っ ぱくして言われたことだった。公と私を完全に分けること。そのおかげで、恋人らしい触れ合いが最近はなくなってしまったというわけだ。
 なので今日、ナルトはすごい楽しみにしていた。別に雪が降ろうが降るまいが構わない。夜になる前にすっかり暗くなった道を小走りで進みながら、ナルトはカカシ宅に向かっていた。でかけるほどの余裕はない。ふたりのプライベートな時間は今日の夜から明日の昼までなのだ。したがって自然に、ナルトがカカシの家に泊まることになった。
「カカシ先生、久しぶりだな!」
 渡された合鍵を使うまでもなく、ナルトの来た気配を察知したのだろうか、カカシが扉を開けてくれた。ナルトはまっすぐカカシの胸に飛び込む。カカシの腕が背中に回されるのを感じて、ナルトはその胸板に頬ずりして甘えてみせた。
「久しぶりって、今日の昼も会っただろ」
 苦笑いのていを装っているものの、その抱擁はきつい。
「それ、任務報告じゃん! こうして会うのが久しぶりってこと!」
「こう?」
 そう言ってカカシは頭を傾ける。玄関先で口付けあう。カカシの体温がナルトの皮膚に染みわたるようだ。
 てっきりこのままベッドになだれ込むかとも思ったが、部屋に上がったそうそう待ち構えていたのはリヴィングのテーブル上に置かれた食材の数々だった。カカシは大根一本をナルトに渡し、「これ、すりおろすの手伝ってね」などという。
「えー!? オレたち、久しぶりに会ったんだぞ! もっとこうさぁ、恋人ぽくさぁ……」
 不満もありありと大根を手に持つナルトの額を小突いて、カカシはキッチンに出された鍋を示す。
「だから、雪見をするんでしょ」
 なんだよそれ、とナルトはそれでもぶすくれたが、カカシが強引に席につかせる。目の前にはあつらえたかのように大根おろし器があり、ナルトは不承不承も頷いたのだった。家に上がってすぐに手を洗ったが、どうせ大根いっぽんをそのまますりおろすわけにはいかないし、ナルトは立ち上がり、キッチンで手と大根を洗う。その後、持ちやすい大きさに切った大根の皮を包丁で処理するころには、どれだけ皮を繋げられるのかに集中してしまった。そんなナルトを、カカシはにこにこと見ていたし、ナルトもその視線は感じていたのだが、さきほどの意趣返しもあって皮剥きに専念した。
 カカシの好物のサンマを焼くときは、もっぱらナルトが大根をおろす係だった。まだ料理などできないころは、指を怪我しそうになって――実際怪我をして――忍びたる者、とカカシには派手に説教をされたものだ。もっと前には、料理をする際に手を洗う、食材を洗うということも分からずに、そのまま調理しようとして止められた。大根の皮ごとすりおろす家庭もあるようだが、カカシに教えられた大根おろしの手順はかならず皮を剝く。だからナルトも、大根をおろすときは皮を剥くのだが、その皮も最初は側面を切るというものだったし、手つきも危なく厚さもばらばらで、こうして一周つなげられるようになったのは最近のことだ。
 すっかり慣れた作業だが、それでも大根一本まるまるおろしたのは初めてかもしれない。サンマにつける程度ならそこまで量はいらないし。
 どんぶりいっぱい分になった大根おろしの白い山を見て、ナルトは達成感に息を吐いた。これがどうなるのかもわからないし、カカシがどういうつもりなのかも知らないけれど、目の前のてんこもりの大根おろしは、なんとなくナルトの目にも美しく写った。
「どうすんだ、これ?」
「おっ、いっぱいすりおろしたな。がんばったな」
 カカシの労う言葉が嬉しい。そのどんぶりをカカシが持ち、向かうはコンロだ。そこには、具材の盛り付けられた鍋が火にかかっている。
「これをな、こうする」
 そう言ってカカシがナルトのおろした大根の山を鍋にしきつめた。
「うわっ、すごいなこれ」
 ナルトが素直に感嘆の声を上げる。
「雪見鍋って知らない? みぞれ鍋とも言うんだよ」
「知らねー」
 カカシが鍋に蓋にする。
「できるまでちょっと待ってな。おつかれさん」
「それで雪見ってことかぁ。カカシ先生って意外とロマンチックなんだな」
「なにそれ」
 カカシが薄く笑う。もう見慣れた素肌の口元が、優しく撓む。
「今日雪降らないから、会うのなしって言われたらどうしようかと思った」
「雪なんて降ってほしくないよ。寒いだけだし、インフラ整備も見直さなくちゃいけなくて大変なんだから」
 あれ、カカシ先生って本当にロマンチックかな?とナルトは内心思ったが、頷くにとどめた。
「それに、雪には嫌な思い出もあるしね」
「えっ、そうなのか?」
 ナルトが驚いて見上げると、カカシは意味深長に微笑んだ。あっと思う。カカシの瞳の奥にゆらゆらと揺れる色には見覚えがあった。
「お前は? 雪に良い思い出ある?」
 そう水を向けられるとナルトも弱い。ナルトのなかの雪の思い出と言われれば、それはアカデミーを上がるか上がらないかの昔のころまで遡る。あのときは、公園にいったら他の子どもには遠巻きにされ、その子らの親がくれば子どもを帰らせてしまった。ひとりぼっちの公園。そんなとき、ナルトと同い年くらいの子どもが、「お前がいるから公園で遊べないんだ!」と訴えてきたことがある。ナルトはあれ以来、公園で遊ぶのをやめた。しかし朝から雪が降り、一面に積もった日のこと、どうしても公園で雪遊びがしたくなった。みな寝静まる深夜なら公園をひとり占めにしても誰にも見咎められないだろうと、ナルトは深夜の公園でひとり遊んだことがる。みなが踏み散らしたあとから、さらに雪が 薄くつもり、ところどころは踏み固められて凍っていた。なんども公園の中をナルトは転び、体じゅう傷と雪まみれになった。……とにかく寒かった。ひとりの真っ暗な公園で、凍えながら遊んでいた思い出。それがナルトにとっての雪の思い出だった。
「そうだなぁ。こんど雪が降ったら、みんなで雪合戦してえな」
 もう大人として見られる年だけど、キバあたりなら喜んでやってくれそうな気がする。サイやシカマル、チョウジもなんだかんだいって付き合ってくれそうだ。
「サスケは?」
 静かな声で、カカシは聞いた。その瞳の深い色。何度かナルトも見たことのある色は、決まってカカシとの喧嘩が膠着したときだとか、カカシが風邪を引いたときだとか、プライベートでカカシが精神的に弱ったときに出てくることが多い。
 ――サスケは? サスケなら? サスケが、サスケだったら、サスケには、
 それはカカシが奥底に隠しこんだ、嫉妬の現れなのだろうと思う。いつもは火影として、元担当上忍として、年上として、ナルトやサスケどちからを贔屓することも、忌避するようなこともない。サクラも含め、第七班は平等に愛されている。
 ただナルトと恋人関係になり、カカシの精神の箍は緩むほんの一瞬、それはぽろっと出てくる。ナルトとサスケの関係を、カカシは重くとらえ過ぎている。確かにナルトの青春時代はサスケを追うために捧げたと言われても間違いではないし、腕一本もくれてやったが。おまけに魂の兄弟だとも言われているが。それでも。
 カカシが不安がることなんて、なにもないのに。
 それでもカカシにはこびりついて離れない思いがあるのだろう。ナルトとサスケの絆に向ける、なにかの思いが。
 昔はナルトのほうが、カカシがサスケを贔屓していると思って駄々をこねたのに、いまはその逆だ。
「ナルト、セックスしようか」
「えっ、いま?」
 別にいいけど。そのつもりで来たんだし。
 それでも驚いたのは、いま夕飯を作ってその出来上がりを待っている間だからだ。突拍子もない、とナルトは思う。
「なんだか今日は、激しくしたい気分なんだ」
「いいけど……、カカシ先生が珍しいな?」
 男同士だから明け透けに誘うことはあるが、カカシが最初から乗り気なのは珍しい。いつもベッドの上で、そうと雰囲気を出してからカカシは雄の一面を見せる。
「お前のさ、息もできないぐらいに」
 そう言ったカカシの目にはいまだゆらゆら揺れているものがあるが、それでもちらちらと情欲の灯火がともったので、ナルトはそれで良しとした。
 ナルトにとって凍えるばかりだった雪の思い出が、セックスして雪見鍋を食べるぐらいには、熱い思い出に変わっているだろう。カカシも、そうであるなら良いと思った。なにを思い出して、なにを不安がっているのか知らないが、ナルトとの熱で上書きしてくれれば、それでいつか、第七班のみんなとも雪見鍋がしたいなとナルトは思った。
 鍋の火を止める。












2017/12/16(初出)
inserted by FC2 system