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楽しい収穫祭





 赤や黄色、色づいた落ち葉が集められて山となっている。公園の落ち葉拾い。本日の第七班の任務がそれだった。公園といっても、自然公園として広大な敷地を持ち、紅葉を迎えた木々は一面中にその葉をいちまいいちまいと散らしている。昼過ぎから――これは担当上忍であるカカシが遅刻してきたからで、本来は早朝からの予定であった――五つに区分けされたエリアをそれぞれ分担し、落ち葉に埋まった道を綺麗にした。こんもりと積まれた落ち葉の山は、かれらが奮闘した成果のほんの一部分に過ぎない。もう落ち葉なんて見たくもないだろう面々に、依頼人が労いに芋を渡してくれた。急きょ開かれた焼き芋大会である。とうぜん、任務報告をしてさっさと帰ろうとしていたカカシも捕まり、火の番兼引率者らしく、焼き芋大会に参加している。(年若いといっても彼らは立派にアカデミーを卒業した下忍であり、ことサスケに至っては火遁も使えるというのに、なんという役回りか!)
「先生、芋焼けたってばよ!」
 ナルトがホイルに巻かれた芋を差しだす。今日の立役者は誰が見てもナルトであったろう。影分身を使い三つのエリアを担当し、西地区に迷子が泣けば駆けつけ一緒に親を探してやり、東地区に公園の管理人が梯子にホースと抱えていれば、代わりに梯子を持ってやるどころか、高所の作業も手伝っていた。公園に訪れた一般客、公園を管理するスタッフともども好印象で、差し入れの芋も、ナルトがご婦人の花壇トークに永遠と付き合いながら公園を案内してやったからだった。
 一日中駆けずり回ったナルトの顔は、満足感に満ちている。誇らしげな顔は夕暮れのせいか赤く染まり、口元はにやつく口元を引き締めようとして失敗している。変な顔だ。カカシは目を細めた。
「ん、ありがと」
 誇らしげに掲げられた芋を受け取ろうとして、カカシはナルトの手を掴んだ。
「せんせい?」
 熱々の焼き芋を両手で持っている。その手の甲に、赤く擦り切れた痕があった。
「ここ、怪我してるぞ」
 カカシがその箇所を触れるか触れないかギリギリの隙間を空けて撫でるようなしぐさをすると、ナルトの肩が跳ねる。
「なんだろ? 枝に引っかかった風船取ろうとしてぶつけたときかな?」
 ナルトはまじまじと擦り傷を見て、首を傾げた。カカシは呆れて溜め息を吐く。
「お前なあ。忍者たる者、怪我には気をつけなさいって言ってるだろ。気付かないうちについた怪我が原因で、下手したら死ぬぞ」
 それは苦無に毒が塗られていたり、小さな怪我だと油断して大きな怪我に繋がったりと、主に戦場での話であったが。
「でもオレ、怪我はすぐ治っちまうんだよなぁ」
 ナルトは片手をぶらぶらと振った。カカシはその手を、もう一度捕まえる。
 注視すれば、もうその手に傷はない。ナルトの言ったように、すぐに傷は塞がってしまったようだ。逆に、すぐ治ってしまう回復力をもってしても、いままで傷が残っていたということは、傷を負った直後はどれだけ深手だったのだろう。
 小さな手を、カカシは握りこんだ。ナルトが苦無や手裏剣の修業を毎日欠かさず行っていることを、カカシは知っている。それなのに、ナルトの手のひらは驚くほど柔らかく、未成熟な子どもの手そのままだった。サスケの手には、まめやたこができているというのに。サクラの手だって、ほっそりとしてきている。それに比べてナルトの、丸く、幼い手。
「もみじのような手だね」
「もみじ?」
 かわいそうだと思う。すぐ治るからといって、受けた痛みは変わらないのに。毎日、何時間も苦無を握っても、何千回と手裏剣を投げてもたこひとつできないまっさら手。無垢な手に抱える、おびただしい数の見えない傷をカカシは見る。
 ――この手を。
 カカシはどうしてやりたいだろう。ただ撫でて慈しんでやることが、この子のためになるだろうか。いまを必死で生きるこの子に。
 奪ってやりたいのかもしれない。なにから? それは分からない。ただ、傷ばかり抱えてなおも傷ひとつ見せぬその丸く幼い手のひらを、傷つかぬまま生きられる世界があったなら。
「もみじ狩りもしてみようかな」
「さっきから何言ってんだってばよ。だからもみじ狩りしてんだろ!」
 ナルトがずいと目の前に差し出したのは、焼き芋である。断じてもみじではない。もみじは、他の落ち葉とともに燃やされて芋を焼いている。
「芋、食うだろ。先生」
 ナルトの小さな手に握られていた焼き芋は、小ぶりながら見事な金色をしていた。ナルトのように美しい色だ。
「お前に分かる話じゃなかったよね」
 なにを血迷ったことを言ってしまったのか。ナルトがその意味を理解できないことが幸いだった。





 焼き芋食べようと火影の執務室からカカシを連れ出したのはナルトである。火影塔の中庭には落ち葉が積まれていた。ナルトが集めたのだろうか。
「木の葉舞うところに火は燃ゆる~、その日は芋を焼いて、やがて美味しい焼き芋になる~」
「三代目が聞いたら確実に怒るね」
 ナルトがふざけた鼻歌を歌いながら、落ち葉を掻きまわす。
 三代目の最期の言葉は語り継がれ、カカシの胸にも火の意志としてある。当時新芽だった若き世代が、今では芽吹いて大木となり、木の葉の里を支えている。三代目の託した通りになっているのだ。いまだ若いその木々を導く者として、六代目は火影は誇らしい。特にナルトは。
 ナルトは里だけでなく、世界にとっても太陽そのものだ。木々は、太陽に向かって枝を伸ばし、葉を広げる。いまはもう、色づき落ちるときを待つカカシにも、平等にその日は降り注ぐ。
「カカシ先生、芋焼けたぞ」
 差し出されたナルトの手。その手に巻かれた包帯。
 カカシはホイル巻きされた芋は受け取らず、ナルトの手を握った。
「ねぇ、包帯ほどいてもいいか」
「え、やだよ。巻き直すの面倒くせえじゃん」
 カカシの邪心を察せられないナルトは無垢で、それゆえに残酷だ。
「何回だってオレが巻いてやるのに。リハビリのときはいつも巻いてやったでしょ」
「や。でも本当に。これからもの食うときに見せるもんでもねえし。焼き芋冷めちまうぞ先生」
 いつまでも手を握って離さないカカシに、ナルトは途方にくれたようだった。
「どうしても?」
「どうしても、とかじゃねえけど……」
「ならいいよね」
「あっ、せんせい!」
 くるくると器用に包帯を解き、カカシは直にその手に触れた。柱間細胞によってつくられた、ナルトの義手。
「なにが楽しいんだよ……」
 こうなったら、カカシの好きなようにやらせてくれるらしい。カカシのために焼いた芋を、ナルトは片手で器用に開いて口に含んだ。金色の断面。ナルトの髪の色。昔よりもずっと短い、ナルトの髪。
 手のひらは厚く、逞しい骨格にしなやかな肉がついている。血の気の通らない肌の色。傷ひとつない。物理的な傷も、ナルトが抱えていた傷も。肉とともに、傷も右腕一本分、サスケのためにくれてやった。カカシがかつて握った、もみじのような手は永遠に失われてしまったのだ。
「もみじ狩り、していれば良かったな」
 奪えば良かった。理不尽にナルトを苦しめるこの世界から。出生の業から。友情のしがらみから。宿命の重さから。あの無垢な手を。もうない。
「だからさ、してんじゃん。芋、先生も食うだろ?」
 ナルトは不貞腐れたように言う。西日がオレンジ色を濃くし、ナルトの頬を染めた。
「先生はさ、隣にオレがいるのに、もみじなんかの何がいいわけ? オレと焼き芋食ってる方が楽しくねぇの?」
 花より団子。
 紅葉より芋。
 ナルトにカカシの思いなど悟られないだろう。そう高をくくって安心していた。
 だが本当に? 戦場では、小さな傷も致命傷に十分なりうる。かすり傷だと油断していたのは、じつはカカシの方だったのではないか。だって、焼き芋の断面を見てもナルトを思い出すなんて、重症以外のなにものではないだろうか。
 そしていま、ナルトが頬を赤らめて拗ねたように言った言葉は、本当にナルトが「分かっていなくて」言った言葉のなのか。
 カカシにはにわかに判断がつかなかった。
「先生はさ、そんな熱心にオレの手を握るくせに、全然こっちを見ないよな」
 熱心に握っていた、この手が熱い。一気に顔に血が上った。
「先生、芋、食うだろ?」
 差し出された手に、確かに芋はある。だがカカシにはもう、ナルトの付きだされた唇しか見えないのであった。
「召し上がれ?」
 いつのまにたわわに実った。今日は楽しい収穫祭になるだろう。カカシは本日の定時上がりを決意した。













2017/11/18(初出)
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