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皺を合わせて





「すごいな。ヤマト隊長の手はなんでも作り出す手だ」
 暁――ペイン――の侵攻により壊滅した木の葉の復興作業で、木遁忍術の使い手であるヤマトに対してナルトがそう言ってくれたのを、文字通り片時も忘れずに、いまもずっと覚えている。ナルトという存在は胸に灯る火のようだ。火の意志とはよく言ったものだと思う。六代目火影の勅命でひとり大蛇丸を監視する任に就いたヤマトにとって、ナルトの言葉は、そしてナルト、サクラ、サイ、新生七班で過ごした日々は、暗い洞窟の中であってもなおヤマトを絶えず照らしてくれている。
 しかし久しぶりに見るナルトは、やはり思い出の中より数段輝かしく見えるのは、もう寄る年波にヤマトも勝てないということだろうか。金の異彩を放つ髪、碧空の青い瞳、上着こそ忍びらしく黒で落ち着いているが、ズボンはイメージカラーのオレンジ色だ。存在から華やかだった忍は成人し、背も伸び逞しくなった。いまでは誰の目も引くだろう。
「任務の帰りにヤマト隊長の気配がして、寄っちゃった」
 そう宣うナルトは、隠密行動中のヤマトの気配を感じとるという忍の実力を分かっていないのだろう。任務の帰りの寄り道が、里で待つ火影をどんなに心配させるのかということも。
「暗くなる前に帰るんだよ」
 年頃の娘に対するようなことしか言えず、ヤマトはこめかみが痛くなってくる。火影の過保護が移ったのか。暗くなったからといってそう易々と背後を取られるような忍ではない――それこそ世界を救った英雄だ――というのに、なにを心配しているんだろう。
「火影も君の帰りを待っているだろうからね」
 慌てて取り繕うも、ナルトにそんな事情を察せられるはずがない。むしろ、火影の名を出したことで、会話の切り口を見つけたのか声を潜めて切り出してくる。
「そのカカシ先生のことなんだけどよ」
 なるほど、ヤマトを見つけられたのは偶然にしても、相談したいことがあったのか。顔を見られたことだけで嬉しいとはいえ、やはりあのひと絡みなのか……とヤマトは肩を落とす。
「カカシ先輩がどうしたんだい?」
 プライベートな相談だろうから、ナルトが打ち明けやすいようにかつての呼び方で聞いてやる。こうしていると、本当にここだけ時があの頃に戻ったようだ。
「火影ってさ、トミもメイセイも? なんでも手に入るんだろ」
「そうかな……」
「で、そのなんでも持っているカカシ先生が、持ってないもの、手に入らないものってなんだと思う?」
「そんなものないんじゃないかな……」
「えっ、火影ってそんなにすごいの!?」
 誰よりもいちばん火影を目ざしているくせに、そんな俗な考えをこれまで一度もしてきたことがなかったのだろう。ナルトは顔を引き攣らせた。何を勘違いしているんだ君は。
「違うよ、ナルト。そもそも前提が間違ってる」
「ぜんてい?」
「火影だからってなんでも欲しいものが手に入るわけじゃない。むしろ誰よりもいちばん我慢するものだって言ったのは君だろ」
「それは……ものの話じゃねぇもん」
「そうだとしても。カカシ先輩が欲しがるものなんて、めったにないんじゃないかな」
 なにかを望んでこれまで忍び耐えてきたよう人じゃない。火影業さえ最初渋っていたあの人は、野望とか野心というものから遠くにいる人だ。
「先生って、欲しいもんとかねぇの?」
「直接聞いてみないことには分からないけど、いままで何かを欲しがっていた様子なんてボクは見かけなかったな」
 それこそ暗部という組織に身を置いた頃から。
「えー。じゃあ毎年オレがあげたやつって欲しいもんじゃなかったのかな」
「うん?」
 頭を抱えて項垂れるナルトに、ヤマトこそ首を傾げる。毎年ナルトがあげたやつ?
「カカシ先生の誕生日プレゼント。しおりとかブックカバーとか苦無とかポーチとか、毎年悩んでさ〜、今年も悩んでんの。いらねーもんあげたくないじゃん」
「いらないものってことはないと思うけど」
 むしろナルトのチョイスにしては実用性や合理性に富んでいる。無難とも言える。
「大事なのは気持ちだろ。カカシ先輩もそれがいちばん嬉しいと思うよ」
「そういうの、みんな言うよな。でもさ、やるからには完璧なお祝いにしたいんだよ」
「完璧って?」
 お祝いの仕方に出来不出来もあるのだろうか。ナルトがそこまでくくる理由も分からず、ヤマトは苦笑いした。成人して大人になったといっても、まだまだお誕生日のお祝いに固執しているのだろうか。ナルトらしいと言えばそう言える。
「オレにもよく分かんねえけどさ。一番最初に失敗しちゃったからリベンジ! カカシ先生の欲しいプレゼント用意して、夕飯も美味しいのにして、ケーキもちゃんとカカシ先生が食えるやつ! 甘さ控えめのにしてるんだけど、毎年オレがほとんど貰っちゃうんだよなぁ」
 カカシ先生甘いの苦手だからなぁ。そうひとりごちるナルトの横顔を見てしまうと、「ならケーキを用意する必要はないのではないか」と言うこともできなくなってしまう。きっとケーキにこだわる理由がナルトにはあって、カカシもそれを知っているから付き合ってやっているのだろう。毎年。毎年ねぇ。あのカカシ先輩が。
 ヤマトは手のひらにチャクラを集めて、洞窟の湿った岩石の上で木遁を出した。ころりと転がった小さな箱は、プレゼントボックスの形をまねて、ご丁寧にも上にリボンがついている。
「すげえなヤマト隊長!」
 ナルトの歓声を面はゆく聞きながら、手のひらで木の箱を転がした。
「やっぱり、気持ちが大事なんだと思うよ、ナルト。特にカカシ先輩にはね。ナルトの気持ちをまっすぐ伝えるのがいちばんだよ。プレゼントの箱がどんなに立派でも、中身が空っぽじゃ意味がない。カカシ先輩に、空っぽの箱だけなんて贈れないだろ」
 そっとナルトの手のひらに小さな箱を乗せてやる。その手には白い包帯が巻かれている。
 ――ヤマト隊長の手はなんでも作り出す手だ。
 ――ナルトの手は、かみさまみたいだ。
 戦後の事務処理を終え、フッと間のあいた時だった。カカシとヤマトのふたり。ちょうどふたりの話題がナルトの右手の話だった。ナルトがサスケとの戦いで失った右手。綱手とシズネそしてサクラの尽力で、無事に義手が付け替えられて、いまはリハビリを頑張っているようだと話していたときだった。
 ――神や仏なんて信じちゃいない。柄じゃないとも分かってる。でもそう思うんだ。
 ――オレにこの目を与えてくれた、ナルトの手はかみさまみたいだ。
 カカシが自身の心情を吐露するのは珍しいことで、ヤマトは面食らってしまった。よりにもよって、そのいちばんデリケートな部分を。雑談のついでに話すには不釣り合いな内容だ。聞けば、戦中、奪われたカカシの左目――友の形見であった写輪眼――を、カカシ本来の黒目に復元したのは、六道仙人の力を授かったナルトだと言う。
 ――これ以上のものを、オレはきっと望めない。
 その独白が、いまになって甦る。カカシの欲しいものはなんだろうと、真剣に悩むナルトの姿を前にしながら。
「手を、」
「うん?」
「手を、握ってやったら良い。それでカカシ先輩の目を見ながら、心を込めて『おめでとう』って言ってあげたら、あの人は喜ぶんじゃないかな」
 いまも里の中心に座し、木の葉を見守り、ナルトを見守る人が心から望むものは、ありふれた物ではないような気がした。これは邪推だと、はっきりヤマトは認識しながら、それでもお節介を焼かずにはいられなかった。
「手の皺と皺を合わすんだよ」
「まだじいさんでもないのに、カカシ先生の手に皺なんかあるかな?」
 頓狂なことをいうナルトの肩を小突く。
「カカシ先輩の手に皺ができるまで、毎年握ってあげればいいよ」
 ナルトはヤマトのその発言がたいそうお気に召したようで、ケラケラと笑った。
「ありがとうヤマト隊長。オレもさ、空っぽの箱ってやつ、なんとなく分かったんだ。オレがさ、空っぽだったから、ぎゅうぎゅうに詰め込みたかったんだ。でももういっぱい入ってたの分かったから、大丈夫!」
「何の話だい?」
「こっちの話! ところでこの箱貰っても良い?」
 ナルトが大事そうに手に持つ箱を、ヤマトは快く譲ってやった。
「ヤマト隊長は手だけじゃくてギャグのセンスもすごいな! あれだろ? 手と手の皺を合わせて幸せってやつ!」
「いや、そんなつもりはなかったよナルト……」
 どこまで分かっているのかいないのか、ナルトは日が沈む前に木の葉へ帰っていった。後日、火影から密書が送られてきて何事かと思ったが、「オレがじいさんってどういうこと?」というカカシからの抗議であった。ナルトがカカシをどうお祝いしたのか、そしてヤマトからの言葉をどう伝えたのか、分からないままにヤマトはひとり頭を抱えた。

















2017/9/23
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