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アニキの魔法の手





 アニキの手は魔法の手だ。その手は俺の望みを何でも叶えてくれる。

「シモン! 小腹が空いてないか?」
 そう言ってアニキは悪戯げに歯を剥き出しにして、シモンの目の前に握り拳を出して見せた。
「うん。ちょっとだけね」
 でも夕飯までにはまだ時間があるし、いつかの時みたいに耐えられないほどじゃないよ。シモンはそう言って恥ずかしそうに俯いたので、カミナが得意げに笑ったことには気づかなかった。
「ちょっと手ぇ出してみろ」
 思わせぶりな掌は相変わらずシモンの鼻の先でグッと握られたままだ。その意図を把握しかねて小首を傾げても、シモンにカミナの言葉を疑うという選択肢はない。何をするつもりだろうと訝っても、内心のわくわくした気持ちは抑えられなかった。
「こう?」
 両手を添えて差し出された手の平に、カミナは鷹揚に頷く。
「おらよ」
 そうしてパッと広げられた手からポトリと落ちてくる、それは。
「これは?」
「食いもん」
 小さくて白い“クイモン”は、丸くて艶やかなのにところどころに棘を生やしていた。手の中でころりと転がった小さな一粒を、シモンはしげしげと眺め眇めつしてから匂いまで確かめていたが、一向に口に含む気配を見せないことに業を煮やしたカミナがシモンの手を強引に口へと押し付けた。
「んー!?」
「変なもんじゃねぇよ、食ってみろって」
 カミナには悪気がないのだろう。しかし手を外されないように上からカミナの手に押さえつけられて、カミナは加減などできないものだから、とても息が苦しかった。
 恐る恐る開いた口に、その小さな塊を迎え入れる。最初に舌が感じたのは固さだった。それから唾液によってそれが少しずつ溶けていくと、その甘美さにシモンは驚きで目を見開いた。
「……! あまい!」
 年相応の幼さを見せて顔面を綻ばせるシモンに、カミナは満足そうに胸を張る。
「コンペイトウって言うらしいぜ」
 この形が、夜になると紺色の空をいっぱいに埋め尽くす光たち――星というのだそうだ――に似ているらしい。それはリーロンがカミナに教えてくれた話だったらしいが、似たもの兄弟は二人してあの青白い点にこんな棘はついてないと不思議がった。
 口の中にある甘味は歯を立てると呆気なく砕かれてしまいそうで、シモンはコロコロとコンペイトウを転がし続ける。
 以前、グレン団のみんなと齧った茎の汁より上品な甘さがした。穴倉の中では存在すら知らなかった、初めての味は大層シモンを驚かせて、夢中になってがじがじとその固い茎を噛んだのはそんなに遠い思い出ではない。少し青臭くて繊維質が豊かな自然の賜物がシモンを満足させる頃には、ブタモグラの肉に慣れた顎をすっかりくたびれさせ、暫く彼の口の中をちくちくと苛んだのだった。
 地上に出てから、シモンは「甘い」味を知った。
 そしてその味が無くなっても、その後しばらくはシモンを陶酔したような心持にさせるのだ。
「おいしいね」
 たったの一粒をシモンにくれたカミナ。
 そのお礼に啄むような口付けを送ると、今までニコニコしていたカミナは途端に真っ赤になって、その頬を隠すように顔を背けてしまう。
「……おうよ」
 だがその耳の先まで色付いていることを、アニキは知っての行動だったのだろうか。
 シモンが自身の気持ちを味覚で表せることを知ったのも、地上に出てからだ。恋の味というものは、なんということだろう! シモンはその甘酸っぱさを、カミナに手ずから教わったのだ。

 クシュンと小さく響いたくしゃみにシモンは身を縮こまらせた。
 初めて目にした川は、いったいこれだけの量の水をどこから引っ張ってきて、またどこへ運んでいくつもりなのか。シモンに気の遠くなるような思いを抱かせる。
 しかしその果てしなさを実感する前に、きらきらと輝く水面に我慢の利かなくなったアニキがあっという間に申し訳程度身に着けていた衣服を脱ぎ去って水中へ飛び込んだので、シモンも慌てて後を追わざるをえなかった。体中を濡らす水はキンと冷たくて、アニキの高く響くはしゃいだ声にシモンは先ほど感じた空虚を意識の遠くに飛ばしてしまった。
 夢中になって水遊びを満喫した後、そろそろ出ようと背筋を伸ばしたところで盛大にぶるりと体が震えた。
 肌に張り付いた冷たさがあんなに気持ちよかったのは、太陽が頭上で燦々と輝いていた間だけだったのだ。
 ぶるぶる震えながら川から上がったシモンの頭に、大きな布が被せられる。
「ほらよ」
 ギミーとダリーをシモンとロシウに押し付けて先に上がっていたアニキが、シモンに投げて寄越したのだ。
「わっ!」
 それはシモンたちが遊んでいる間に洗濯されて干されていたポンチョだった。日の光をいっぱいに浴びたそれはまだほのかに温かい。
 日の差さない地下じゃ、この温もりと匂いは得られない。
 シモンはふかふかの布地に顔を埋めてその恩恵を享受した。そんなシモンのまだ濡れた頭がぐしゃぐしゃとかきまぜられる。
「早く体拭いちまえよ」
 シモンのガキ臭い行動をアニキは苦笑して見守ったけれど、その実アニキもこの温もりを好ましく思っていることを知っている。昼寝していたシモンをその夜抱き込んで、「まだぬくいな」と笑ったのも、「お日さんの匂いだ」とスンスンと鼻を鳴らしてシモンに恥ずかしい思いをさせたのも、シモンにとってはこの前のことだ。
 その時の様子を思い出して体がカッと熱くなったけれど、慌てて服を着込んで熱を誤魔化す。頭の中は茹っているけれど体の芯はまだ冷えているシモンに、カミナはぬっと湯気の立つマグカップを差し出した。
「さっき煮立ったばかりだからな。気を付けろよ」
 そう言って渡された温かいミルクは、シモンの体に優しく染み渡り、頭の中を冷静にさせるには十分な効果を持っていた。

 アニキには俺の欲しいものが分かるんだ。
 そう確信したのは、みんなが寝静まった夜更けのことだった。
 その日は素晴らしい月夜で、グレン団で少々夜更かしをしていた。あんまりにも見事な月だったから、寝そべって空を見上げたまま雑魚寝することにしたのだ。子ども達やヨーコはコンテナに運んだけれど、男どもは中で寝るには惜しい気持ちが勝った。リーロンは自分の足でコンテナに引っ込んだけれど。
 ロシウ、シモン、カミナの川の字で寝ていたのに、月光がとても眩しくて、シモンは目が覚めてしまった。
 今更数時間程度地面に横になったからといって、耐えられないほど体が痛くなったりはしない。しないのに妙に体の据わりが悪くて落ち着かないのは、久しぶりにシモンがその身に孤独を感じていたからかもしれない。
 地上に出てから息もつかぬほど慌ただしい日々を送り、賑やかな仲間も増えたが、定期的に寂しさを感じてしまうのは依然変わらずそのままだ。幼い頃目の前で亡くした両親のことをいつまでも忘れられないせいだとシモンは思っている。喪失の記憶を克服することはきっとシモンにはできないのだろう。
 頭上で輝く星々は今にも降って落ちてきそうで、もし本当にあれが落ちてきたら、押しつぶされた両親のように呆気なく死んでしまう。
 隣の体温を確かに感じるのに、ロシウの寝息もアニキのいびきも確かに聞こえるのに、孤独を一度覚え始めたら、もう駄目だった。
 両親を失ったことを悲しく思うのは変わらないけれど、また大切な人を失ってしまうかもしれない恐怖は耐えられないほどの苦痛をシモンに及ぼした。
 穴倉時代、自らが掘った土の中でライトの光が切れた時、暗闇を怖いとは感じなかった。だというのに、地上で、こんなに明るい月夜の下で、仲間の寝息を聞きながら体が震えてくるのはどうしてなのか。
「シモン、眠れないのか」
 その時、左隣からかかった声に、びくりと驚きで竦みあがった。
「アニキ……! ごめん、起しちゃった?」
 アニキの方を窺ってシモンはびっくりした。全く無意識に、シモンはカミナの手首を握っていたのだった。
「ごめん!」
 慌てて放そうとするけれど、加減のおかしくなった掌は関節が固まってしまったみたいに言うことを聞いてくれない。震える手は込めた力が強すぎるせい。これでは流石のアニキだって起きるだろう。
「良い。掴んでろ」
 自由な手で頑なになってしまった手を引きはがそうと苦戦していると、カミナは体をシモンに向けてやはり自由な手を弟分の逞しい手に被せるのだった。とんとんとん。あやすように叩かれて、このままで良いのだと。
「怖いならくっついて寝りゃあ良い。俺の心臓の音でも数えてろ」
 シモンの小さな体を抱き込むと、カミナは胸にその頭を抱いた。繋がった右手と左手はそのままに。片手はシモンの癖っ毛を撫でつける。
 とくん、とくん。小さな音でも、力強さがあった。
 アニキの生きている音だ。
 その音、その温もり、その息遣い!
 それらは確かにシモンの、孤独に濡れる心を慰めた。他人の生きている証が、こんなにもシモンを安心させるのだとは知らなかった。
 俺自身でも気付かない、俺の欲しいものがアニキには分かるんだ。
 そしてそれをアニキは手ずから叶えてしまう。
 その考えに疑問を持つことはシモンには難しかった。
 (魔法の手だ)
 シモンはその夜から、カミナの手を願いを叶える魔法の手だと呼ぶようになった。
 アニキが死んだ。
 それはとても悲しいことだが、それでもシモンには僅かな希望があった。その希望のおかげで、喪失の悲しみに潰されなかったと言っても良い。
 大グレン団のみんながシモンを非難したが、続くグアーム戦でシモンはその全てを無効化した。ただヨーコだけが、ふとした折りにじっと弾劾するような視線を投げかけてくるのみだった。

「ニア姫よぉ、シモンとはあんまり仲良くならない方が良いぜぇ」
 命の恩人なのは分かるけどさぁ。ニアにそう忠告したのはキッドだったかゾーシィだったか。
「何故ですか? シモンはとっても良い人です!」
 曇りなきまなこで先日大グレン団に加わったニアが尋ねる。
「ネクロフィリアって知ってる? いやあれは欠損好きかな。手フェチっつうの? あいつに好かれると手首切り落とされるかもよぉ」
 下品に揶揄する声を咎める目配せがあちらこちらから飛ぶが、誰もがその発言を訂正することはしなかった。
「あいつの部屋に行ってみれば分かるよぉ」
 ケラケラと笑う声に、「おいやめろよ」「本当に……」などと諌める声が今度こそあがる。ニアは目をぱちくりと瞬いてみせてから「分かりました」と静かな声で、おっとりと答えた。
「シモンが良い人かどうかは私が決めます。ちゃんと見てみないと分からないから」
 凛としたニアの態度に、食堂内は水を打ったように静まりかえる。
「大丈夫。シモンは理由なく人を傷つける人ではないって、私はもう知ってますから」
 軽やかな声だった。軽やかな足取り。そうして消えていく華奢な背中を、誰もが呼びとめることができなかった。

「シモン? いるの? 入るわね」
 鍵のかかっていないドアは問題もなく開いた。
 部屋は薄暗く、埃が舞っていて(後にそれは土埃だと分かった)シモンのゴーグルの光だけが僅かな光源だった。
 視線の先、廊下から差し込む光によって浮かび上がったものたち。部屋中を覆いつくしそびえたつもの。
「これが、アニキさん?」
 シモンが一心不乱に作り出しているのは“アニキ”の像だった。
「素敵。これだと私にも会ったことのないアニキさんが分かる」
 丁寧な手つきで、ニアはその像の輪郭をなぞった。
「うん」
 それは小さな声だった。内省するように心はいずこへ向かったまま。シモンの様子にニアは違和感を覚える。
 先日、グアーム相手に啖呵を切った時は、どこまでも轟き響くような大きな声を出していたというのに。
「でも、シモンのアニキさんはシモンの胸と背中にいるんでしょ? なら、どうして今になってこんなにたくさん?」
 あの戦いで、シモンは彼の人の死を乗り越えたのだと思った。ニアだけではない。シモンの雄姿を見た多くの大グレン団員が。シモンはもう大丈夫だと。あの大きな悲しみを強さに変えられたからこそ、シモンは大グレン団のリーダーだと認められたというのに。
 なのにこの行為は?
「儀式、かな」
 静かな声だった。落ち着いた声は、彼の冷静さをそのまま表しているのだ。
「魔法の手……動くようにするための」
「まほうのて?」
 アニキ像を撫でていたニアの手が、はたと止まった。
 大きな像だった。みな同じサイズだ。凛々しい顔。首筋。逞しい上半身。すらりと伸びた腕は不自然に途切れている。隅の方の像はすらりと伸びた足までついて、見事に自立していた。再現されている。これはアニキさんの等身大の像だ。ニアはよくよく部屋を見回して理解した。像の高さがまちまちなのは、脚まで掘られているもの、座り込んでいるように作られたもの、上半身しか作られていないものがあったからだ。そしてそれらはみな一様に、手首から先がなかった。今ニアが触れている像も。その隣の像も。シモンが今掘っている像も。その周りの像も。全て。まるで切り落とされたかのように、両手の部分だけがない。
「シモン?」
 不信が、ニアの声を無意識に低くさせた。
「あなたはいったい、何をしているのですか?」
 もう一度、今度は明確な意思を持って、ニアは尋ねた。シモンは、思いのほか強張った彼女の声に、やっと作業の手を止めて視線を合わせる。
「アニキの手はね、魔法の手なんだ」
「魔法の手とは、なんですか」
 シモンはうっとりと目を細めて、過去の出来事を彼女に語った。
「アニキの手は、俺の欲しいものを何でも与えてくれるんだ」
 それは時にシモンが未熟すぎて、欲しいのだと自覚していないものであっても。彼の手はシモンの願いを叶えることができた。まさしくシモンにとってそれは魔法だった。
 この手が! この手が!
 シモンの望むものを授けてくれる。
 そしてシモンには今、欲しくて欲しくて欲しくて堪らないものがある。
 それを与えることができるのは、魔法の手だけだ。
「でも肝心の魔法の手が、ここにきて動かないんだ」
 シモンは枕元に置いていた大きな瓶を恭しく手に取った。暗闇で窺い知れなかったその中身が、シモンの頭上にあるライトによって照らし出される。
 ヒュッ。吸った息を吐き出すことすらできずにニアは絶句した。
 そこにあったのは。
「これがアニキの、魔法の手だ」
 死んだカミナから切り落とされた手が二つ。
 肉が腐らないよう並々と入れられた液の中で、手首は驚くほど青白い色をして底に沈んでいた。
 視界に収めて認識すると、途端にもわもわと埃の漂よう室内に、ツンとした悪臭が匂いたちはじめるようだった。ニアが眉を顰めたのは、鼻の曲がる匂いのためか、それとも。
「どうして?」
「俺は生きたアニキが欲しい」
 俺の胸と背中に永遠に閉じ込められたアニキじゃない。正真正銘の、血の通った、熱い肉を持つ、生きているアニキが欲しかった。目で見て、手で触れることのできる。思い出だけじゃない。俺を信じてくれる、俺のアニキが!
 魔法の手なら、叶えることも容易かろう。
 なのに。
「それなのに動かないんだ。手だけじゃ駄目なのかと思って、アニキの像を作って嵌めてみても、魔法の手は俺の願いを叶えてくれない」
「シモン……」
 呼吸をするのが苦しくて、ニアは喘ぐように名前を呼んだ。彼女が信じた男の名前だ。
「この手はいつになったら動くようになる?」
 それとも体が土くれだから駄目なのかな。
 血肉も新鮮な体に嵌めれば、この魔法の手は動くかもしれない。そうだ、魔法の手はアニキにくっついていたくらいなんだから、冷たい土塊より、温かく柔らかい肉につくほうが良いに決まっている。
 ゆっくりと、シモンは立ち上がった。
 壁に投げかけられた影は歪に伸びあがって、本来の彼より肥大する。
 ――手首切り落とされるかもよぉ。
 ふと先ほどの冗談の声が蘇って、ニアはゾクリと震えた。
 ニアの華奢な肩を見下ろして、シモンはうっすらと笑う。
「……ニアの手首は、細すぎるな」
 そうして一歩踏み出すから、まるであの手に合う体格の者を探しにいくんだと言わんばかりに、目をぎらつかせて部屋を出ていこうとするから、ニアは己の体を叱咤して、必死でシモンの足に飛びついた。
「シモン! だめ! あなたは間違っています!」
 ニアは大いなる動揺と恐怖とそれから何とも言葉にしがたい憤りをごちゃごちゃに感じて、溜まらず涙を零した。悲しんでなどいるものか。ただ感情が昂ぶっているのだ。
「どんなにアニキさんの像を作っても、どんなに人の手首を切り落としても、それでアニキさんの手が動くことなんて、絶対ない。これからもずっと、その手は動くことはありません!」
 だって。ニアは分かっていた。話を聞かされたニアの方が、話をしていたしもんより、もっとちゃんと理解していた。
 アニキさんの魔法は、シモンが語った魔法というのは、決して魔法なんかじゃないということを。
「だってアニキさんの手は魔法の手じゃない。ただの人間の、普通の手です。魔法なんか使えない。魔法なんかじゃない。シモンが魔法だと思ってきたものは、」
 全部彼が、シモンを思ってしたことだけなのだ。

 お腹が空いたシモンにお菓子を与える。
 寒さに震えるシモンには、温かい布と熱いミルクを。
 シモンが寂しくて眠れないのならば、抱きしめて一緒に寝てやる。
 そんなの、魔法でも何でもない。シモンをよく見て、シモンのためにと、彼がやっただけ。
 それは全部、アニキさんがシモンに向けた、優しさだった。
「だからアニキさんが死んでしまえば、その手だってもう二度と動きません」
 あの温かくて大きな手が、再びシモンに触れることはない。
「あっ、あっ、」
 シモンは最初、言葉にならないようま音を吐き出すのみだった。衝撃が大きすぎるのだ。やがて、やっと。
「そんな! そんな……!」
 ニアの告げた真実を理解して、それでも受け止めきれずにシモンは泣き崩れた。
 その嗚咽して震える背中を、ニアはずっと抱きしめていた。彼が二度の喪失を受け止めきれるまで。その涙が枯れ果てるまで。ずっと。



「もう、良いのですか?」
 ニアが心配げに尋ねると、シモンは泣き腫らして真っ赤になった目をくしゃりと歪めて笑った。
「うん。言っただろ。アニキ自体は俺の胸と背中に、一つになって生き続けるんだ」
 シモンはアニキの墓をもう一度掘り返していた。その声に悲壮なところはなく、その手が鈍ることもない。
「アニキの手は魔法の手じゃなかった。なら、ちゃんと弔ってあげるべきだ」
 アニキの遺体は大グレン団全員で掘った深い穴の中。シモンの腕で黙々を掘り進めて、やっと棺が出てきた頃には、もう日が落ちかけて地平線がオレンジ色に染まっていた。頭上には薄く月が瞬いている。
 棺を開けたシモンは一瞬体を強張らせたが、やがてその中にカミナの手を置いた。
「でも。アニキの手は確かに魔法の手じゃなかったかもしれないけど、俺はアニキの手が大好きだった。魔法が使えたからとかは関係なんだ。アニキの手が好きだったのは、俺がアニキを好きだったから。……アニキが大好きだったんだ。この気持ちだけは、これからもずっと変わらない」
 最後、シモンはカミナの手をもう一度握って、薬品に着けられて青白くなった肌に口付けた。そうしてそっと、棺を閉じた。
 シモンの掘り返した穴は深かった。日はもうきれぎれに最後の炎を大地に刻み、あたりは暗い影に覆われる最中だった。なので、きっとニアには分からなかっただろう。
 カミナの手に、先日のグアーム戦でシモンが見つけた、緑色の綺麗な石が握らされていたことに。
 もっともその石の意味を、誰も知ることはできなかったけれど。














2014/11/16
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