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生まれて初めて誕生日





 第七班の任務を終えてナルトがひとり住む部屋に帰宅すると、先ほど別れたばかりのカカシが「おかえり」と言って出迎えた。ナルトはたいそうびっくりして、「先生なんで!?」と素っ頓狂な声を上げる。カカシはひらひらと手を振った。揺れる手のひらを追いかけて、ナルトの頭が猫のようにゆらゆらと左右に揺れる。跳ね返りの金色の髪が、動くたびにはらはらと緑色の切れ端を落とした。丘一面の草むしり任務を終えた勲章である。
「今日はお前だけに特別な任務をやろうと思ってな」
「それって修業!?」
 意気込んで尋ねたナルトはぴょんと跳ねた。カカシは目元しか出してない怪しげな風貌でにっこりと笑う。
「ま、そうとも言えるな」
「なになになに!? どんな修業!?」
 ――ナルトにだけの特別な任務。
 興奮に目を輝かせ顔を赤らめ、二三度跳ねた鞠のように飛び上がる。全身で期待と喜びを表す子どもに、カカシはもったいぶって顔を近づけた。
「それはだな、」



 日が短くなり、暮れた夕日の茜空の下をナルトはひとり歩いていた。伸びあがった影を踏みつけるように足を進めるさまは、影を追いやり急いているようにも、俯けた顔からは悄然としているようにも見える。
 木の葉の至宝とも謳われ、実力は凄まじく、また仲間思いでナルトの尊敬を集めてやまないカカシが「ナルトにだけ」と言って与えた特別任務。任期終了の時刻まであとわずかしかないのに、ナルトの顔色が優れないのにはわけがある。無論、与えられた課題がまったくうまくいってないからである。ナルトは途方に暮れていた。
(よりにもよってなあ)
 任務の内容が一週間後に控えたカカシの誕生日を祝うことだなんて。
 一週間後の今日――つまりカカシの誕生日当日――その夕暮れ時に、ナルトは己の至らなさを噛みしめていた。
 そもそも、誕生日を祝うということがどんなものなのか、ナルトには分からないのだ。生まれた日をお祝いするって、なにがそんなにおめでたいことなんだろう。分からないものをすることはできない。分からないなら聞けば良いのだが、同班のメンバーであるサクラやサスケ、友人のシカマルたち、恩師のイルカ先生、その誰にもナルトには、誕生日を祝うには何をすれば良いのかを尋ねることができなかった。とてもみじめな気がしたからだ。自分はそんなことも知らないのだと。自力でなんとかしたかった。そうすることが、カカシがナルトに任務を与えた目的だとも思ったのだ。だって、自分から誕生日を祝えなんて、あの担当上忍がそんなことをのたまうだろうか。
 しかしそうやって意地を張った結果、カカシの誕生日当日の夜までなんの成果もあげることができなかった。今からカカシのもとへ行って、「任務は失敗だってばよ」と告げなくてはいけないのはとても気が重い。
「カカシ先生……」
「お。ナルト、やっと来たか」
 カカシの家の前で、気まずさも相まっていつもよりずっと小さな声が出たというのに、扉はすぐに開いた。この人はその言葉通り自分を待ってくれていたのだろうか。「任務失敗」の文字がナルトに大きくのしかかる。
「どうしたの。腹でも壊したみたいな顔して。……ほんとうに壊してないよな? ほら入った」
 失敗の報告をしたらすぐ帰るつもりだったのに、心配げに顔を寄せるカカシにナルトも下手な嘘がつけない。結局促されるままにカカシ宅に入ってしまった。そうしてナルトは不思議そうにあたりを窺う。廊下には甘い匂いが漂っていた。
「先生、この匂いなに?」
「ケーキ焼いた」
「ケーキ!?」
「そ。誕生日にはケーキ焼いて食うもんなの」
「知らなかったってばよ……」
 それならカカシの家に行く途中でケーキを買えば良かったのか。
「それから?」
「うん?」
 ナルトが尋ねると、カカシは首を傾げた。第七班の任務中には見せない顔に、ナルトの胸が騒ぐ。そういえばどうしてこの人は、サクラやサスケにではなく「自分にだけ」と言って、誕生日を祝わせようとするのだろうか。
「それから誕生日は何をするもんなんだ?」
「そうだねぇ、プレゼントとか?」
「プレゼント?」
「お祝いの品を贈るんだよ」
 つまりカカシの「誕生日をお祝いして」は「プレゼントを贈って」ということだったのだろうか。忍は裏の裏を読めというけれど、ナルトには表も素直に読むことが難しい。
「先生! じゃあプレゼント用意してくっからさ、あと一時間だけ待ってくれねぇ?」
 やっと任務成功の手がかりらしきものが掴めて、ナルトは声を張り上げた。日付が変わる最後まで、こうなったら諦めずにやりぬくつもりだ。しかし生徒の心、上忍知らず。
「夕飯冷めちゃうし、プレゼントはいいよ」
 とカカシはすげなく却下する。
「えー! オレ、なんも用意してきてないんだもん。このままじゃ先生からの特別任務失敗になっちまう」
「あぁ。馬鹿だなあ、お前。今日はオレと一緒に飯食ってケーキ食べてくれたらいいから」
 なんだよそれ? ケーキってオレも食べていいの? 今日が誕生日なのは先生だけなのに? なんで? ナルトの頭に盛大にハテナマークが浮かぶ。その金色の頭をくしゃくしゃに掻き混ぜて、カカシは笑った。
「ま! お前が野菜を残さず食べてくれることが先生へのお祝いの気持ちってことにしといてやるよ」

 カカシはそう言ったが、実際に出てきた夕飯はナルトが家で食べるカップラーメンとは比べられないぐらい美味しかった。そもそも手作りの料理などとはとんと無縁な生活を送っていたのだ。温かな夕飯。ひとりではない食卓。それだけでナルトの胸をいっぱいにさせるには十分だった。それなのに、夕食後は甘いケーキが出てきて、初めて目にする真っ白で、赤いイチゴが乗って、丸いケーキにナルトは終始はしゃいでいた。部屋を暗くして、ろうそくが灯る。そのオレンジ色のあたたかさときたら! ナルトがうっとりと火のゆらぎを見つめている隙に、カカシはさっとろうそくの炎を吹き消してしまって、びっくりした。再び明るくなった部屋でケーキは切り分けられ、「本当は甘いもの苦手なんだ」と打ち明けたカカシが、誕生日おめでとうと書かれたチョコプレートまでナルトの皿によそってくれた。「お前はいっぱい食べなさいね」とほとんどのケーキはナルトの腹に収められた。
 これでは誰が誕生日で、誰がお祝いされるべきか分かったものじゃない。
「先生はなんで特別任務だって言って、オレに誕生日を祝ってほしかったんだ?」
 口元を生クリームまみれにして、ナルトがことの本意を聞けたのはあらかたケーキが片付けられたあとだ。「んー……」台所で洗い物をしながらカカシは唸った。
「そうだなぁ。な、ナルト。誕生日って楽しいだろ。美味しいもの食べられて、お祝いされて、ケーキまでついてくる。誕生日って特別な日なんだよ」
「確かにそうかもしんねえけどさ、特別な日なのに、先生はオレといて良かったのか? ケーキだってオレがくっちゃったじゃん。お祝いも、よく分かんねえからできてないしさ」
 ふふ、とひっそりとした声でその人は笑った。食器を洗っている最中で、泡まみれの手で顎に触れるから、マスクに泡がついてしまっている。
「いいんだよ、これで。今日は十分特別な日だ」
「変なの」
 そして変な先生だ。ナルトはよく分からずに首を傾げた。
「ところでお前の誕生日はあと一か月後だな」
「え?」
「今日やったこと、そのままお前の誕生日にもしてやるからな。楽しみにしとけよ」
 一緒に夕飯を食べて、お祝いして、ケーキまでついてくる、特別な日。
「ほんと!? ほんとに!?」
 ナルトは飛び上がった。それは想像するだけで胸がはちきれてしまいそうなぐらい、夢のように素晴らしい話だった。
「あぁ。もちろんだよ」
「やったー! 先生大好き! カカシ先生が先生で良かったってばよ! もう先生なしなんて考えられない!」
 興奮のままに飛びつき抱き着くと、「こらこら」とカカシは気の抜けたような声で窘めた。 「……とびきりのお祝いの言葉だな」
「なにが?」
「お前の言ったこと。誕生日おめでとうって」
「あぁ! 誕生日おめでとう先生! これから毎年、先生に言うな! 誕生日おめでとう。カカシ先生が先生で嬉しいって」
 ナルトがこの一週間考えても分からなかったことを、カカシは一瞬で言い当てる。この人がここにいてくれて良かった。その気持ちで十分なのだ。みんながいままで普通にやって来たように、自分も誰かの誕生日を祝うことができる。そして一か月後の自分の誕生日には、誰かが当たり前にあったように、自分の誕生日をお祝いしてくれる人がいる!
 その感動を、やはりナルトはうまく言葉にできないでいた。だからカカシに抱き着く腕に力を込めた。
「こらこら、先生の骨でも折るつもり?」
 芯の抜けたようなふにゃふにゃの声でカカシは言った。顎についていたふわふわの泡が、ナルトの頭のてっぺんについてしまったことを、今夜の二人は知らないままだった。



――生まれて初めて誕生日を知った夜

















2017/9/23
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