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カカナル破局騒動





 ナルト先輩、ナルト先輩。小鳥のように高い声で舌足らずに愛らしく囀っている。ナルトは腕に抱き着く自分よりも二、三歳下の一般女性を見やった。視線が合ったことが嬉しいのか 、良い匂いのする女の子はポッと頬を赤らめてはにかんだ。くるくるに巻かれた髪の先が揺蕩う。道の雑踏は賑やかで、ナルトたち二人を好奇に見やる者もいれば、我関せずと無関心に 通り過ぎる者も多い。
「どうした?」
 声変わりを迎えたのはいつだったろう。昔はきゃんきゃんうるさいだけのドべだと言われていたナルトも、変声期を終えて久しく、その声は大人の男と称するに相応しく低い。穏やか な声音は、ナルト自身の安定した精神を表すがごとく。ドタバタ忍者だと笑われていたあの頃が懐かしく思えるくらい、その逞しい腕に女性を巻き付かせたナルトは落ち着いていた。
「これから時間ありますか? 一緒にご飯食べませんかっ?」
 艶やかに彩られた口元が、緊張とはしゃぐ気持ちを抑えて失敗したみたいに強張る。夕暮れのオレンジ色の光が、彼女の首元に濃い影を落としていた。最近、日が落ちるのがめっきり 早くなった。もう冬も間近だというのに、彼女の鎖骨は隠されていなかった。ナルトの目を落とした先に、精緻な細工のペンダントトップがきらりと光る。
 これから食べると言うのなら、それはまちがいなく夕餉の誘いだ。店によっては酒を遇するところもあるだろう。というより、この通りをまっすぐ行けばそこは歓楽街だ。酒を出さな い店の方が少ない。日が落ちても眩しい、怪しいネオンの煌めく世界を、ナルトは幼い頃から知っている。酒と女と金。かつて師匠に忍の三禁を教えられてから、あまり縁のなかった場 所でもある。師匠の反面教師ぶりがナルトの幼心に強く残ったせいか、酒にも女にも金にも溺れる暇などないほどの激動の時代を駆け抜けたせいか。それとも。
(そもそもオレには必要のない場所だったんだなぁ)
 遠い日のことを思って見つめる先、日の落ちかけた街路には次々と明かりが灯されていく。
「ナルト先輩?」
 返事のないまま黙ってしまったナルトを訝しんで、腕に抱き着いた女の子が顔を覗き込む。ぎゅうと当てられた体温に、ナルトは苦笑してしまった。
「ん。じゃあ一楽のラーメン奢ってやるってばよ」
 繁華街の通りから踵を返す。慣れ親しんだ味は良い。めまぐるしく変わりゆく時を生きているからこそ、変わらないものを大切に感じるのだ。
「えーっ!? またですかぁ? たまにはもっと違うとこ行きましょうよぉ」
 あいにく彼女にはテウチ自慢の絶品ラーメンの味も、何度も味わいたいものではなかったらしい。下手をすれば三食ラーメンでも大歓迎の自分と無理に合わせるのもかわいそうか。
「しょうがねぇなあ。どこ行きたいんだ?」
 そう言ってやると、彼女の顔がパッと華やいだ。
「あのですね、おすすめのお店があっちに……」
 踵を返したばかりの道を振りかえる。その途端、ナルトの目の前に影が差した。往来でぐずぐずしていたので、後ろから来た通行人にぶつかりそうになってしまったのかもしれない。 その割には気配ひとつ感じなかったな、と不審がる暇もなく、その影は至近距離にいるナルトと目を合わせて、ニッコリと笑った。
 途端、ナルトの背中に冷や汗が浮く。
「ずいぶん楽しそうだねぇ、ナルト?」
「あっ、火影様」
 腕に絡み付いていた女性は慌てて居住まいを正す。里の最高権力者は彼女の畏まった態度を手のひらだけで制したが、一貫して視線はナルトに合わせたままだ。両の目は里の長にふさ わしく穏やかな色を湛え、細まった目元は穏健そのもの。
 ……これは凄まじく怒っているな。ナルトは直感した。
 六代目火影として多忙を極めているはずの彼が、ここにナルトを見つけてちょっと声をかけたなんて虫の良い話があるはずないのだ。まちがいなくこの男はナルトに狙いを絞ってここ に来た。それこそ忙しい政務をなげうって。
「あー、わり。彼氏が来たから、今日は帰るわ」
 せっかく勇気を振り絞って誘ってくれた彼女に、なにもないまでも楽しい思い出ができたならと思ってその誘いを――あくまで夕飯だけの僅かな時間だが――受けようとしていたのに 。ここにきて堪忍袋を断ち切った恋人の登場である。どうしたって逃げられるものではない。
「え、彼氏……?」
 きっとなにも知らなかったのだろう、驚愕に見張られた彼女の目を申し訳なさそうに見つめ返して「ごめんな」と再び謝る。一緒に飯食えなくて。あなたの気持ちに応えてやることが できなくて。
 またなと言うのは不誠実なのだろうか。ナルトはしばし考えた。だが、ナルトの答えを待たずしてその二の腕をきつく掴んだカカシが歩き出してしまう。
「ほら、行くよ」
 有無を言わさぬ声は固い。とうとう外見も取り繕えなくなってきたか。
「気を付けて帰れな!」
 ナルトは声を上げて手を振った。ショックからなんとか正気に返った彼女は、そっと手を振りかえしてくれた。良い娘だ。次は彼女の気持ちにちゃんと応えてくれる男を好きになって くれればいい。
 日没が迫る木の葉の通りを、カカシがナルトを引き連れてふたりは無言で歩いていた。前を行くカカシが遠慮もなく進むから、その歩幅は自然と大きく早いものになる。そんなに早く 目的地を目指すのなら、いっそのこと瞬身の術でも使ってしまえばいいのに。彼がどうして術も利用せずにひたすら乱暴な歩幅で家路を急いでいるのか、ナルトには分かるような気がす る。
(怒ってるんだって、オレに分からせたいんだ)
 分かってほしいんだ。それは恩師と仰ぐ男がするには、とても幼稚なことのように思える。最初からそうだった。突然割り込んで、自分にしか感付かせないような胡散臭い笑みを散々 浮かべて、まるで奪うようにナルトを引き連れて歩く。カカシは間違いなくナルトに腹を立てていて、しかもその態度を隠そうともしない。
「入って」
 空に揺蕩っていた橙がかき消えて、紫から宵の色へ変わろうとしていた。煌々と灯る街燈を潜り抜けた先にカカシの自宅はある。その扉を開錠して開くと、彼は先にナルトを促した。
「ただいま」
「はい、おかえり」
 張りつめた硬質な声が、「おかえり」と応えたときだけ僅かに湿った。明かりの灯されていない薄暗い廊下で、カカシは息を吐き、ナルトを振り向かせてむりやり視線を合わせた。瞬 かれた瞳は苛烈。常に穏やかにナルトを見守っていた温もりも、いまこのときばかりは見られない。
「……ナルト」
 万感の思いで吐き出されたと自分の名前に、思わずナルトは苦く笑っていた。
「……カカシ先生がさ、ああやって愛想よく笑ってるときってさ、めちゃくちゃ怒ってるときじゃん」
「……ああ」
「それでさ、そういうときってすっげぇねちっこいセックスするじゃん」
「そうだね」
「だからだんだん帰りづらくなっちゃうんだよな」
 正確に言えば、カカシがニコニコと胡散臭く笑うようになったのはおとといからだった。ナルトはおとといからこの家には帰っていない。カカシとナルトがふたりで暮らしている、こ の家にだ。おとといの夜はシカマルの家に、昨日の夜はサイの家に泊まらせてもらった。今夜はどうするかと考えていたところで、小鳥のような愛らしい声に呼び止められたのだ。もち ろんナルトには彼女の家に上がりこむつもりなど毛頭なかったけれど、それをカカシが同じように認識しているかと聞かれれば、残念ながら否だろう。
 カカシはパチッと廊下の電燈をつけた。一瞬で明るく明快になる視界。目の前には暗闇で垣間見たカカシがそのまま立っている。だがあれほど荒れ狂いギラギラと光っていた瞳の奥は 、今や糸のように細まった隙間からは窺えないところにある。明るい方が見えない。笑っているのに、そのはらわたは煮えくりかえっている。あべこべのようになってしまった恋人は、 ナルトの手首を握りなおした。痛い。
「馬鹿だねぇ。そうやってご機嫌とればどうにかなる段階はとっくに過ぎてるんだよ」
 いったいいつのまに自分はカカシの機嫌をとっていたのか。常日頃からナルトになにくれとなく甘い恋人なので、ナルトが無意識にした言動も曰く“ご機嫌とり”に加味されてしまう 可能性は大いにあった。この前なんか、朝起きて「お前のぴょんぴょん跳ねた寝癖を朝一番に見ると、今日もいちにちがんばろうと思えるよ」などとのたまっていた男だ。
 だがいまは、どんなに髪をふり乱したところでカカシの追及からは逃れられないだろう。そうするつもりはないと、当人が言ったばかりだ。
「ナルト。お前の言う“すっげぇねちっこいセックス”しよっか」
 カカシは掴んだ手首をそのままに廊下を突き進んでいく。寝室に入る前に窺い見えたリビングルームでは、雑然と物が散らかっていた。整理整頓に徹する師には珍しい散らかり具合に 、この二日間のカカシの混乱ぶりを見た気がした。
 朝起きぬけたままのベッドに投げ出される。カーテンは引かれていない。月光を浴びるウッキーくんと二枚の写真立てがナルトを見下ろしていた。
「ずっと出させないのと、ずっと出し続けるの。どっちにしようか迷ってたんだけど、どっちもしような、ナルト」
「……それってオレに拒否権ないんだろ」
 背中がぞわぞわと泡立つ。体は覚えているのだ。いままでカカシにどのような無体を強いられてきたのかを。
 白々とした月のように顔を青白くさせたナルトの顔を、カカシはうっとりと見つめる。その目元は糸のように細まり弧を描き、……まるで三日月のようだ。
「当たり前だろ。これはお前を怖がらせるために言ってるんだから」
 振り返れば下忍になったばかりのころ、まだまだ初々しさの抜けない七班のメンバーを散々脅しつけたのはこの人だった。後になってから、カカシは意地悪で言ったわけでもなんでも なく、忍という厳しい世界の一端を親切にも教えてくれていたのだと分かったが、それでなくてもカカシのこの脅かし癖はナルトの心臓に悪い。いつもカカシが期待する以上にドキドキ してしまう。だがそのたびに、ナルトは弱くくじけそうになる己を奮い立たせてきた。
「へっ、望むところだってばよ」
 いまもまた。安い挑発をまんまとしでかしてしまったとナルトは内心で舌を出す。この手の陳腐な煽りに対して、カカシは受け流すことを常としているが、嬉々として乗っかる場合も ある。根は負けず嫌いなのだ。カカシのこの性根と、ナルトの忍道は、ときにがっちりと組み合わさってしまうときがある。いまがそうだ。
「仲直りのセックス、しようね。ナルト」
 煮えくり返っていたはらわたの下、燃え盛る炎に向かってナルトは大量の油を注いでしまったらしい。
(うっぷん晴らしのセックスのまちがいじゃねえかなぁ……)
 着ていた服をはぎ取られるのを、その手に任せるままにしながら、ナルトは窓の向こうの月に向かって遠い目をした。

 過ぎた快楽は拷問に等しい苦痛なのだと、ナルトは恋人の手によって初めて知らされた。幼いころ、暴力とはシンプルに痛みをともなうものだった。肉体的な痛みばかりが暴力ではな い、ナルトがひとしれず流す涙も、その行為になんの意味もないのだと空しさばかりつのらせた日々も、暴力だったのだと教えてくれたのはまだ恋人になる前の男の存在だった。ナルト は、この厳しくも心優しく愛情深い先生のことが大好きで、いつのまにか恋も知らずに男とは恋人になってしまったけれど、男はまるでナルトのことを砂糖菓子のようにべたべたに甘や かすから、すっかり身も心も明け渡してしまった。カカシが恋人としてナルトに接するとき、終始一貫して彼は甘やかしたいだけ自分を甘やかす。ナルトもすっかりそのことに慣れてし まったから、ある夜、恋人と過ごすベッドのうえで、カカシがナルトに苦痛を与えたことは想像以上にショックなことだった。
 教師としてのカカシの優しさは、どちらかと言えば分かりづらいものだ。いまではカカシの導こうとした忍の生きざまも理解できるから、ナルトに対する手痛い言葉の数々も、素っ気 ない態度も、理由あってのことだったのだと納得できる。でも当時の、それこそ忍の裏の裏も満足に読めなかった自分に、カカシの心情はとうてい察することはできなかった。それでも カカシのことは信頼していて、だからどんなに手厳しいことを言われても、サスケにばかり構ってちっとも自分を見てくれなくても、心が素直に欲するままにまっすぐカカシのもとに走 っていけた。
 夜は別だ。昼間、どんなにカカシがナルトにつれない態度をとっていても、そんなこと忘れてしまったかのようにナルトのことばかりに世話を焼く。ずっとひとりで暮らしてきたナル トを、まるでなにもできない赤ん坊のように接するから、それはそれでだいぶやきもきしたものだ。
 そう。ナルトにとってカカシとは、どんなに冷淡な態度をとられても信頼に足る忍であり、またナルトに箸も持たせぬ勢いで過保護に甘やかす恋人でもあった。
 そのカカシが、ナルトがどんなに「やめて」と懇願しても決して止めず、快楽が責め苦になるまでに自分を追いつめたことは、信頼していた恋人に裏切られた心地がした。
 あれは、サスケの里抜けを止められず、自身も深く傷ついていた夜だった。体の傷はだいぶ癒えたがまだ完治はしておらず、それでも無理を言って退院させてもらった。体が万全にな ったら、自来也とともに里を発ち、しばらくは戻らない予定で、一分一秒でもはやく強くなりたかった自分は、怪我が治って退院してそれから準備して……と余計な時間をかけたくなか ったのだ。傷が癒えればすぐに修業の旅に出るつもりで、早めに病院を出て荷造りをしていた。
 その夜、まだすこし痛みにひきつれる傷――サスケに負わされたそれ――を体に残した状態で、カカシは突然やってきてナルト抱いた。
 あのときも、肉の喜びは絶えず、止めどなく与えられた。与えられ続けた。もう受け止められず、溢してしまうばかりになっても、カカシは止めなかった。
「うっ……! ぐ、やだっ、それ、やだ!」
 あのときと同じだ。カカシは確信してそれをやっているのだから当然だ。後ろから挿し込まれた固い肉がナルトを串刺しにし、身悶えるしかない体をいやらしく熱い手のひらが這いま わる。カカシの厚い胸に密着した背中は汗にまみれてつるつると滑る。シーツの間にねじ込まれた男の手がナルトの胸の頂をまさぐると、ナルトの体はよりいっそうよろこびに跳ねよう としたが、抱き込まれた背に、押し込まれた肉の串に、満足に身動きすることもできない。ナルトはもう自分の言った「それ」がなんなのかもよく分からずに、ひたすらカカシに懇願し ていた。
 だがその手は、止まらない。最初は“ずっと出し続けるの”だった。もう出ないと泣きついても手淫の手は止めてくれず、手だけではなくカカシの口にも何度も招き入れられ、カカシ に促されるまま、ナルトは精液から涙まで、体液という体液をカカシに捧げるしかなかった。擦りあげられた竿がひりひりと痛み、何度も達した尿道口もじくじくとした違和感を訴えて いる。最後の三回ほど、無理やり達せられて出した精液は白濁もほとんどなくさらさらで、おもらしのようにナルトの股間を濡らした。やっとカカシの手が止まった時には精も根も尽き 果て、体中の水分はもう何も出てこないと思った。涙すらも。朦朧とした頭は鈍く疼きだし、濡れてぐしゃぐしゃになったシーツが不快だった。だが、もう指一本も動かせそうにない。 それでも、ここで終わるはずがないとナルトは確信していた。
 なぜなら精巣に種子を残さず出し切ったナルトに対して、快楽を与えるだけだったカカシは一度も達していないからだ。その股間が熱く張りつめているのは、重ねた肢体の感触からも 十分に察せられた。なんどその熱に手を伸ばそうとしても、カカシが欲しいと恥を承知でお願いしても、カカシの答えは同じだった。
「まだダメだよ。……いまはお前だけ、ね」
 そうして熱に浮かされたような地獄は際限なく続き、……まだ終わっていない。
「ナルト、いっかい水飲もうな」
 いったん離れたカカシの手には水を注がれたコップ。カカシはそれを口に含むと、接触を嫌がるナルトの顔に寄せて口移しした。
「ん、やっ……!」
 過剰な肌の火照りが収まらず、カカシの唇さえいまはうっとうしい。それでも何度も何度も口移しで与えられた水分は、干上がった大地に染みこむように、ナルトの体を潤した。
「こういうとき、お前が嬉しそうに水やりするときの気持ちが分かるんだよねぇ」
 頭上に置かれたウッキーくんの葉は瑞々しく濃い緑色をしている。忍稼業という不規則な日常のなかでも、毎日水を与え日光の下に置いている者がいるからだ。
「慈しむっていうんだよ」
 確かに、ナルトが植物に水をやるとき、もっと大きく逞しくなれよだとか、綺麗な花を咲かせてほしいと言葉をかけるときも多い。その気持ちに偽りはなく、自分が与えたものを糧に 日々健やかに葉を広げる植物たちのことを思うと、胸のあたりが温かくなる。そうか、この気持ちを人は「慈しむ」と言うのか。それはナルトの中には言語化されてない感情だった。カ カシがこうして教えてくれなければ、この先認知することもできなかったかもしれない。
 でもいまのカカシの行為は。ナルトに快楽を与えつづけた反面、その実ナルトから奪いつくしたも同然のことをしたのはカカシだ。もう指一歩も動かせないというのに、このあと更な る責め苦が待っている。それを予感させてなお、水を飲ませるカカシの行動は、ナルトが植物に水をやるのと同じように「慈しむ」行為なのだろうか。
「せんせ、も、むり……!」
 息も絶え絶えになって訴えるナルトを見下ろして、カカシはニコニコと微笑む。
「お前が望んだんでしょ?」
 カカシの言い方には、大いに語弊がある。この状況をナルトが望んだのかと言われれば確実に否だ。それでも、カカシの挑発にわざと乗ってそれを望んだのは自分だった。
「お前の忍道、オレは好きだぞ」
 そう言われれば、これ以上訴えることはできない。ナルトは為す術もなく、目を閉じた。
 そして、いま、ナルトは“ずっと出せない”でいる。つまり、精も根も尽き果てた体で、ずっとドライでイくことを強制させられていた。
「ん、あああああっ……!」
 “ずっと出し続けていたとき”のカカシは、ナルトの穴へ挿入もせず、快感が高まっても自らを指で戒めてまでして射精を食い止めていた。ナルトがなにも出せなくなったいまになっ て、やっとカカシはナルトの内側を濡らし始めたのだ。じわじわと内側から浸食され、掻き混ぜられるたびにぐぷぐぷと泡立つカカシの精液の量が増えるたびに、ナルトは内心でほっと していた。
 さきほどの行為はいわばナルトだけにのみ快楽が与えられ、与えたカカシにはなんの見返りもない無為な時間だった。ナルトは、無償に与えられるだけの行為に慣れていない。自分が 差し出すことには躊躇わないが、ナルトに返すあてはなにもないのに差し出されるものには困惑してしまう。自分の体も使わずに、快楽を追わず、ひたすらナルトだけが一方的に気持ち よくなる行為は、体以上にナルトの心に負担を強いた。
 やっと自分の体を使ってくれる。カカシの満足するまま、物のように扱ってくれて構わないのに、カカシはナルトに快楽を与え続けることをやめない。なにも出すものがない以上、ナ ルトの体はドライオーガズムに支配される。これはとてもつらい。
「んぅ、は、あっ……」
「お前の中は、気持ちいいね。よっぽどオレのことが好きじゃなきゃ、こんなにトロトロになって絡みついてきたりしないでしょうに」
「……っ、んあ、ひ」
「……なァ、ナルト」
 低い声が、直接注ぎ込むように耳の中に垂らされる。脳みそいっぱいに、その襞と襞の間にも、カカシの声は浸透した。興奮して、擦れて、ひどく低い、大人の男の声。「ナルト」と 呼ぶ声。そんな声に、
「ナルト、すきっていってよ」
 そう乞われてしまえば。つらくて、苦しくて、気持ち良くて、きもちよくて、どうしようもない意識の中で、ナルトの唇は容易くその言葉をかたちどる。けれど痺れた舌は明瞭な音を 発せず、切れ切れな呼吸は子音と母音を分断した。たった二語の単語が、いまのナルトにとってはどうしてもうまく発音できない。はくはくと口を開けるだけのナルトをジッと見て、カ カシは呟いた。
「もう呂律が回らないか」
 もっとはやく訊いておけばよかったな。
「……っ! ……っ」
「フフ。ナルトはオレのことが好きだよね?」
 紡げない言葉の代わりに、ナルトは何度も頷いた。
「オレのことが、ずーっと大好きだもんね?」
 何度も。
「オレのことを愛しているな?」
 何度も。
 そうだよ、先生。オレはカカシ先生のことが好きで、ずっと大好きで、だから離れない。カカシ先生だって、そうだろ。
「お前はオレだけがいちばん、いっとう好きだな?」
「……ぅ、ん……!」
 カカシの苛烈な精彩を放っていた怒りの色は、いまはその目に影も形もない。かわりにあるのは、祈りにも似た哀願だ。
「お前は決して、オレから離れない。ナルト?」
 カカシ先生は、オレのことが好きで、好きで、ずっとずっとオレのことだけがそういう意味で好きだった。カカシ先生はオレを愛している。だから、決してオレから離れない。そうだ ろ、カカシ先生。
 先生こそ、分かってくれよ。あんたが泣き出しそうな子どもみたいな顔をしてるってこと。執拗にオレばかりよくしては言葉をねだるのは、いつもどんなときだった?
 なぁ、カカシ先生。
「……オレは絶対お前を放さないよ」
 ナルト、と。



「大丈夫か?」
「なにが?」
 昼過ぎの甘栗甘で茶を啜っていると、となりに腰を落としたシカマルが気遣わしげに尋ねてきた。なにを心配されているのか皆目見当もつかなかったので、素直にそう返す。
「また六代目と揉めただろ」
 六代目火影の側近補佐をしているシカマルだ。ここ数日のカカシの様子から、その明晰な頭脳でいろいろなことを察したのだろう。
「ああ、大丈夫。オレ、体力だけには自信があるからさ!」
 そう言ってちからいっぱい笑ってみせれば、せっかくの心配が杞憂になったシカマルの目は呆れたものに変わった。
「ならいいけどよ。あの人も今日は憑き物が落ちたみたいにさっぱりした顔してたからな」
「そうそれ! 流石シカマル、よく見てんなぁ! オレもさ、カカシ先生が最近思い詰めてるの見てさ、そろそろガス抜きさせなきゃなって思ってたんだってばよ」
 ……やはりそうなのか。シカマルは内心で息を吐く。
 戦争が終わり、カカシが火影に就任してしばらく経ったころのことだ。ナルトとカカシが破局寸前にまで仲がこじれたことがあった。
 ふたりは、仲の良い、仲の良すぎる師弟なのだと里の人間はずっと思っていた。皮肉にも、ふたりが恋人どうしであったことが知れわたったのが、ナルトがカカシに別れを切り出した ことがきっかけだった。ナルトの三行半に、カカシの狼狽ぶりは凄まじかった。そうして里中の視線を気にすることなく、時も場所も選ばずにナルトに許しを請い、復縁を迫ったのだ。
 人の目も気にせずカカシはナルトへの、ナルトだけへの熱烈な愛の告白を贈る。ナルトはとうとうカカシの手をとり、ふたりは固く結ばれた……かに思えた。
 それからしばらくのときを置いて、ふたりの破局騒動はたびたび勃発した。そのたびにカカシは逃げるナルトを追いかけてその手に縋る。何度も愛を囁いて。
 実はこの騒動が始まるきっかけに、シカマルはひとくちもふたくちも噛んでいる。里の者の目には単なる仲睦まじき師弟に写っても、近しい者の目は誤魔化せない。あのナルトに、よ り密接な、より強固なつながりができたことは、とても喜ばしいことで、シカマルなどはこれでサスケへの執着がすこしでも薄らいでくれたらと思わずにいられなかった。ふたりの関係 が親密さを増すのと並行して、世界はその呪われた真実に直面せざるをえない状況の一歩手前であった。ナルトの諦めの悪さを知っているからこそ、ナルトが傷つけられるばかりの未来 に、シカマル自身も関知できないほどその身を案じていた。
 ナルトの諦めの悪さが多くの忍に伝染して、からくも戦争を終結することができ、もう修復不可能に思えたサスケとのつながりすら、再びナルトは掴み取った。そのときシカマルは痛 感したのだ。ナルトのくじけぬ心を。その強さを。ナルトの身を案じながら、信じきれなかった自分を恥じるほどには。
 だからこそ戦争が終結したあと。里の復興作業もだいぶ落ち着いてきたころ、ナルトからもたらされた相談に、シカマルは驚かざるをえなかった。
 カカシに分かれようかと言われたのだと。
 ナルトは別れたくないし、カカシもそれは同じなはずなのに、カカシにはどうしてもふたりの未来を信じることができなくて、いっそのこと別れてしまおうとしている。
 ナルトの未来のためだと言って。
 カカシがナルトに。
 だがその言葉はナルトへの不信のあらわれだ。そしてひとしくカカシ自身への。
 シカマルはそれを痛いほど知っていた。だからこそ、驚き、憤った。どうしてよりにもよってあなたが。
 師としてナルトを導き、絶えずナルトの背を見守ってきたあなたが、ナルトを、ナルトの隣にいる自分を信じてやれていないのか。
 あれだけそばにいて、それでもナルトの恋人として自分はふさわしくないから別れようなどと言ったのか。それを伝えた直後の、ナルトの顔を果たしてあの人はちゃんと見たのだろう か。いまでさえ、ナルトは泣き出す寸前の、途方にくれたような顔をしているというのに。
 不安に塗りつぶされ盲目となったいまのカカシには、ナルトの正直な言葉でさえ届かないだろう。だからこそシカマルは一計を案じた。
 それはナルトがカカシの別れ話を受け入れ、カカシがどんなに懇願しても絶対に拒絶し続けること。
 意地の悪い計画だと、発案したシカマル自身でさえも思う。
 だがそもそもカカシは傲慢ではないか。ナルトの諦めの悪さをカカシも知っているからこそ、自分で別れ話を切り出しておいてはなから別れるつもりなどないのだ。ただナルトに不安 の種を取り除いてもらいたくて、確信が欲しくて、甘えているだけ。ナルトに寄りかかっているだけで。カカシ自身はなにもせずに。それではずるいではないか。いつもいつもいつも、 ナルトに頼りきるなんて。
 カカシこそ自分の手にできた幸福が、どれだけ幸運なことなのか思い知るべきなのだ。それを掴みつづけるための努力を、惜しんではならないはずだ。ナルトの幸せを願う人間がどれ ほどいて、自分こそが彼にそれを与えたいと思う人間すら少なくない。だがナルトが選んだのはカカシなのである。それだけで、自信を失う理由などないだろうに。
「どんなにカカシ先生が謝ってきても無視するんだ。もちろん、演技だ。不安ならサクラやイノに演技指導を……って必要ねぇか。さんざん敵を油断させては隙をついてきたお前だもん な。ナルト、……できるな?」
 どんなに底意地が悪いと罵られようと、シカマルは自分の案に満足していた。事情を説明すればサクラたちもナルトに協力するだろう。……オレ達の大事なナルトを、傷つけた。それ は重い事実なのだから。
 しかしナルトはシカマルの案に最初はひるんだ。
「えっ、そんなひどいこと、オレにはできねぇよ」
 ナルトはシカマル渾身の提案をひどく嫌がった。それも当然だ。ナルトは人から無視されることの苦痛を、誰よりもいちばんよく知っている。だからこそ、そんなことはできないと。 確かに、ナルトにそれをしろと言うのは少々酷な話だろう。だが。
「いいか。お前もカカシ先生のことが好きなら中途半端なことは絶対するな。……別れたくないんだろ?」
 そして覚悟の決まったナルトは徹底的にやり遂げた。その冷酷な態度は唯一共犯者であるシカマルですらもゾッとするほどだ。
 どんなに追いかけても、取りつく島もない。やっと振り返ったと思ったら、その目はなんと冷たい色を宿すのか、まるでお前のことなど興味ないと言っているも同然の無関心さを表し ていた。酷薄な色に、カカシも二の句が継げず、その間にナルトはさっさと行ってしまう。
 ナルトとカカシが別れたという噂に、最初はまずミーハーな女子たちが飛びついた。やがてナルトのカカシへの塩対応ぶりに、いよいよ本当らしいとナルトガチ勢たちが加わる。そう なるとカカシもなりふり構っていられなくなったようだ。どんなに手酷く拒絶されようと、めげずに何度も立ち向かう。群がる女どもに敵意をむき出しにしては、周囲を牽制するかのご とく歯が浮くような愛の告白を何度も何度も何度も語りかけた。
 一週間ぐらいで頃合いを見て折れてやればいい。当初の計画でシカマルはそう言った。「長すぎるってばよ。オレのほうが耐えられねえかもしんねえ」と弱音を吐いていたのはナルト で、一週間経ってその期間を延長したのもナルトだった。ナルトも、カカシの態度に思うところがあったのだろう。ナルトの意志で続行された計画は、その時点でシカマルの手を離れ、 あとは見守るばかりだった。ナルトがやっとカカシの手を取ったのは、焦らしに焦らして焦らした一か月後のことだった。その日は里中が沸いたものだ。どんなにナルトに拒否されても 諦めなかったカカシに、日を追うごとにカカシを応援する声は増していったからだ。
 効果覿面の計画。カカシは全面降伏し、ついにはナルトのまえで恥も外聞もなく泣き崩れたらしい。六代目火影のそんな姿を、ナルト以外の里民が誰も目にしなかったのは良かったの だろう。元鞘に収まり、手を繋いで歩くふたりの姿を、みなが祝福した。恋のライバルたちですら、認めざるをえなかったのだ。
 そしてその結果を導いたのが、ほかならぬナルト自身であることを、シカマルだけが知っている。それでもこれで万事解決したなら、それで良かった。困ったことにカカシの悪癖は、 しばらく経てばしつこくぶり返した。
 ナルトが賢いのは、この計画にちょっとしたスパイスを加えたことだった。
 それはカカシを怒らせること。そうしてナルトへの執着を言葉にさせ、実際に行動にとらせること。自分の放った言葉を自身で聞き、その気持ちをより強く自覚させる。ナルトとのつ ながりを、カカシから縛らせる。それはカカシ自身がカカシに行う、暗示のような認知のさせ方だ。
 その積み重ねは少しずつ効果を出してきたようで、いまではカカシの悪癖も間があいて頻度が少なくなった。だがそれも、完全になくなったわけではない。
 根気よく、丁寧になぞりあげるように、着実に分からせてやるのだとナルトは覚悟を決めた。シカマルに中途半端なことはするなとくぎを刺された、あのときに。
 カカシのフラストレーションが限界値まで溜まるのをいち早く察知し、ナルトはカカシにそうと知られぬように恋人を挑発する。やがて溜めに溜めて耐えて耐え切れずカカシが爆発す るのが狙いだ。その火の粉を一身にかぶるのは自分しかない。いや、自分だけでなければならない。どんなに時間がかかっても良い。自分も共にカカシのときを歩む。どんなに肉体や心 を苦しめられても良い。ナルトはカカシに愛されていることに絶対の自信を持っているのだから。なにより、ナルトはちゃんと知っていた。それを教えてくれたのは他ならぬカカシだっ たから。どんなに時間がかかっても、どんなに苦難があろうとも、ナルトはカカシを諦めない。諦めてたまるものか。カカシ先生、あんたが教えてくれたんだ。恋も知らなかったオレに 、愛なんて感情を。甘く優しいだけだと思っていた恋人にはじめて裏切られたと思ったあの夜が明けて、朝の眩しい光のもとに晒されたカカシの顔は、いつまでも忘れられない。「おま えだけなんだ」ナルト、と。そう言って泣きながら昨夜の暴挙を詫びたのはカカシだった。そのカカシの、なにも纏われず裸のままの鎖骨に唇を寄せて、ナルトは思い知った。カカシの 暴力を許すことしかできない自分の感情。その感情の名を。
 だから、他ならぬカカシのためなら、いつまでだって自分はこの茶番に付き合う。
 カカシの不信と不安は、カカシ自身で解消させるしかない。自分を信じてやれるのはあくまで自分自身なのだとナルトは知っていた。自分を信じることが、絶えず襲いかかる不安に抗 う絶対の武器であり鎧なのだと。ナルトが、いくらカカシに好きだと言ったとて、カカシが信じてくれなければ意味がない。だからナルトは、徹底的にやるのだ。

 それは、空の白み始めた時分、今朝のこと。ぐしゃぐしゃのシーツの上で、力のないナルトの体をカカシは強く抱きしめた。
「ナルト。絶対放さないからな。他の女の子のところになんか死んでもやらない。お前が嫌がっても、逃してなんかやらないよ」
 ナルトは、体力には自信がある。その回復力にも。押しつぶされてピリピリと痺れる両の手を持ち上げて、しっかりカカシの背を抱きしめた。
「おう。絶対放さないでくれよな」
 そうしてナルトは、ニシシと笑った。














試されるカカシ。



2016/12/5
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