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俺の好きな人を紹介します





あぁ、優しい人なんだな、と思った。
エレンの存在を許すかのように、背中にぴったりとくっついた温もりが伝わってくる。
母を亡くし後悔の中で生きてきたエレンにとって、傷つけずにはいられない、上手に優しくすることができない自分の存在が、許されて良いものなのかどうかが分からない。
それでもこの人は許してくれると言う。自分は強いから傷つかないなどと言う。
エレンは強い人が大好きだったが、傷つかずにはいられない残酷な世界で、強くあり続けることはとてもむずかしいことを知っていた。誰もが皆、強くあり続けることは不可能だった。エレンが一番最初に憧れを抱いた父でさえ、妻を亡くした男は簡単に弱い存在となった。皆一様に弱い自分を持っている。だがリヴァイは、自分こそが強いのだと、強くあり続けるのだとエレンに告げた。
この人のその言葉を、信じても良いのだろうか。
リヴァイこそ強く気高い女の子だと、盲信して良いのだろうか。
エレンはリヴァイを信じたかった。
リヴァイが強いと言うのなら、強くあり続けるようにエレンが守ってやれば良い。
リヴァイが傷つかないと言うのなら、リヴァイに傷がつかないように、エレンが心を砕けば良い。
リヴァイの強さを信じるとはそういうことだ。信じるとは受け身では駄目だ。積極的に行動するということだ。あるべき姿へ、導いてやることが信じるという行為なのだ。
エレンは固く誓った。
エレンの存在を許してくれたリヴァイを信じよう。
リヴァイはもう、エレンにとって唯一無二の人となっていた。
だってエレンを許してくれた人など、今まで一人もいなかったのだから。父は母の分までエレンを愛し育ててくれた、ミカサはエレンのことをずっと見守ってくれていた、アルミンは良き友でいてくれた、それでもエレンには消えない負い目があった。そんなエレンをたった一言で救ってくれたのがリヴァイだ。
好きな人のことは、うんと大事にしてあげるのよ。
大切にしようとエレンは思った。今度こそ後悔しないように。間違っても傷つけないように。
まずセックスは却下だった。エレンはセックスについてトラウマを抱えている。親友は何度もそれは偏見だ、間違いだと教え諭したが、頑固なエレンはその言葉を信じていなかった。
リヴァイの唇の純潔は守れなかったが、リヴァイの身体は死守しなくては。
エレンが立てた三つ目の誓いこそ、これから起こる悲劇の幕開けになるのだが、そんなことをこの時のリヴァイは勿論、エレンもまだ知らなかった。

リヴァイのことを「あぁ、好きだな」と自覚したのはいつだったか、エレンには分からなかった。ただ自然と、少しずつ、責任感の伴った好意は恋心へと変化していった。
エレンは強いリヴァイが好きだった。
リヴァイの食べ方が綺麗なところが好きだった。
一人称が「俺」なんて言うリヴァイのチャーミングなところが好きだった。
痛みと共にではあったが、大事なことを教えてくれるリヴァイの不器用な言葉が好きだった。
その柳眉を器用に片方だけ上げたり、鼻を鳴らしたりするリヴァイの癖が好きだった。
楽しいことがなければ笑わない、正直なリヴァイの死んだような表情筋が好きだった。
滅多にしか見れないが、たまに微笑むリヴァイの僅かに変化した目元や口元が好きだった。
自分を犠牲にしてまで強くあろうとする、どうしようもないリヴァイの優しさが好きだった。
可憐な彼女が好きだった。
リヴァイさんが、大好きだ。
リヴァイと出会ってから、彼女の性格、仕草、表情、彼女との思い出、いろんなものが降り積もって、エレンはリヴァイへの恋心をゆっくりと育んできた。
その恋心が開花したのを、エレンはリヴァイに抱きしめられながら自覚した。

エレンは腹に回されたリヴァイの小さな掌をぽんぽんと叩いた。
「お腹空きませんか?」
たらふくケーキを詰め込んだが、その後激しい運動をした。あれから大分経っている。
「別に」
名残惜しむかのようにリヴァイはエレンから離れていく。
乱れたガウンを直すのを待ってから(衣擦れの音がしたので)、やっとエレンはリヴァイを見つめた。
「もうちょっとここで待ってから、ご飯食べて帰りましょうか」
エレンの案にリヴァイは頷いたが、その表情は憮然としていた。
しかしリヴァイが常日頃する顔とそう変わらなかったので、その表情がエレンの琴線に触れることはなかった。
(何食べようかなぁ)
エレンはそんなことを考えていた。














2013/6/29
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