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ハンジ先輩と秘密の相談





リヴァイさんを傷つけているような気がする。
最近の気詰まりはこれだった。あの三か月記念日から早一か月。俺とリヴァイさんはどこか余所余所しい距離感を持て余していた。時々見かけるリヴァイさんはいつもの不機嫌面が所々剥げ落ちていて、中から沈鬱な表情を覗かせている。そしてその頬は心なしかげっそりしていた。どうにか元気付けさせたいのだが、そもそもの原因は俺にあるようにも思える。しかしじゃあ何が? という疑問を突き詰められて、途端に途方に暮れてしまう。
とにかく自分一人じゃ手に負えない。誰かに相談しないと。真っ先に思い浮かんだのは親友のアルミンだ。長い付き合いだが、あいつ以上に頼りになる奴を、俺は知らない。早速アルミンに近々会えないかメールしようとスマートフォンを手繰り寄せると、丁度メールの着信を告げる音が一人きりの部屋に響いた。

「ハンジ先輩」
「やあエレン、久しぶりだね」
土曜日の昼下がり、場所はファミレス。
俺はハンジ先輩の正面の席に座った。
あの時送られてきたメールの主は、ハンジ先輩であった。 ハンジ先輩は俺とリヴァイさんのきっかけを作ってくれた人で、俺たちが交際を始める前何かとお節介を焼いてくれて、言わば二人のキューピッド的な存在であった。お節介は交際後も続き、俺に三か月記念日にプレゼントを渡してはどうかと助言してくれたのは、何を隠そうこのハンジ先輩だ。
リヴァイさんとハンジ先輩の仲は、良いようで悪い。悪いようで悪くない。付き合いも長いらしく正しく腐れ縁の仲だ。そしてリヴァイさんの良き理解者でもある。
リヴァイさんのことで相談事のある俺に、リヴァイのことで話があるんだと持ちかけてきてくれたハンジ先輩。相談相手にはアルミン以上に適役であるかもしれない。今いち断定できないのは当の本人の奇抜すぎる性格所以なのだが、向かい合ったハンジ先輩の真剣な表情にからかいの四文字は綺麗に消え去った。
「単刀直入に聞くけど、リヴァイとはどう?」
「良くは、ないです」
ドリンクのコーラをストローで掻き混ぜながら気まずげに答える。
「原因は?」
「俺にはよく分からなくて。それで誰かに相談しようと思っていたところです」
自覚はないわけね、とのハンジの呟きに非難の色を感じて、身体が委縮する。
きっと、いや絶対俺が悪い。
「率直に言おう。原因はセックスだよ」
セックス。
昼下がりに不釣り合いな明け透けな単語が、俺に重くのしかかる。
「君はリヴァイとのセックスを拒否しているね?」
「はい」
俺がリヴァイさんとのセックスを拒んだから、彼女は気落ちしているのだろうか。
その姿は俺の憧れる強くてかっこいいリヴァイさんとはとても似つかなかった。非現実的な印象さえ覚える。まさか、と一笑したかったけれど、常になく真面目なハンジ先輩の目がそれを許さなかった。
「君がセックスを拒否する理由を私は聞かない。君たち当人が話し合う問題だからだ」
厳粛な声が俺の頭をクリアにさせる。
話し合う。そういえば俺は、セックスするつもりがないことをリヴァイさんに伝えたけれど、肝心のその理由を言ってない。大事なことなのに、リヴァイさんの猛襲を躱すばかりで忘れていたのだ。俺はなんて馬鹿なんだろうと、頭を抱えたくなった。
「でもこれだけは知っておいてほしいんだ。リヴァイは君が自分とセックスしないのを自分に性的魅力がないからだと酷く思い悩んでいてね、借りなんて絶対作りたくないだろうこの私に相談までしてきたんだ」
曰く、今度エレンを家に泊まらせるから、似合う下着を一緒に選んでくれ。
曰く、自分は胸が足りないから、バストアップする効果的な方法を教えてくれ。
曰く、太っているのかもしれない。ダイエット方法を何か知らないか。
曰く、好かれていないのかもしれない。どうすれば気持ちを確かめられる?
だそうだ。頭がくらくらした。
お泊り会で着ていたリヴァイの下着など、エレンは全然覚えていない。彼女はパンツしか身に着けていなかったし、露わになった胸にそれどころではなかった。貧乳も体型も全く関係ない。エレンにこだわりはないのだから。そもそも皮と筋肉しか身についていないその身体にあれ以上削ぐ脂肪があるとは思えない。
彼女の見てくれでセックスを拒んでいるのではない。
彼女を傷つけたくないからだ。
そしてそれは、彼女を好いているからに他ならない。
「呆れるほど涙ぐましいでしょ? あのリヴァイがさ」
死んでもやりたくないことは死んでもやらないリヴァイである。
ハンジは悪戯を教えるようにこっそり笑った。
「彼女、処女だよ」
エレンは息が止まる思いがした。
「中高時代は相当やんちゃしてたけど、身体だけはちゃんと守ってたみたいなんだ。案外貞潔だよね」
喧騒が一層遠くに聞こえる。
「その身体を、エレンに捧げるっていうんだよ」
柔らかく笑むハンジの顔もその優しい声もどこか遠くにある。エレンは洪水を起こす頭の中をもがくように聞いた。とても大事なことである。
「処女だとやっぱり最初は痛い思いをしますよね」
エレンの力ない問いかけにハンジは「私も処女だから分からないや」と豪快に笑った。
処女。
ざっと血の気が引いた。どくどくと血が沸騰しているかのようなのに、手の先は凍るように冷たい。こめかみが痛い。

自分のペニスが高潔なリヴァイさんの処女膜を突き破る。

想像。結論は一目瞭然。とてもじゃないがそんなことできない。自分の薄汚い妄想に吐き気を催す。
リヴァイさんの血が流れる。リヴァイさんを傷つける。
セックスを促すつもりだったのだろうハンジの言葉も逆効果だ。寧ろ強く決意を固めてしまった。
俺は何が何でも、リヴァイさんとはセックスしない。
その後もハンジと幾つか会話をしたが、正直何を話したのかよく分かっていない。会話は一時間もせずに終わり、ハンジはエレンの肩を叩いて出て行った。早くセックスしちゃいなよ。激励のつもりだったのだろう。全く効果はない。
ふらつく足取りでファミレスを出る。今日はとにかく家に帰って早く寝よう、もう何も考えたくないと歩き出した時だった。図ったような着信音。エレンは身を強張らせた。出ないという選択は許されていない。でも今は誰とも話をしたくなかった。震える手でディスプレイを覗き込むと、絶望の名前がそこにあった。














2013/6/29
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