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エレンは怒りに怒っていた。
原因は勿論、恋人の仕出かした強姦事件に対してである。
強姦。そう、強姦だ。合意のないセックスは、例えそれが恋人同士であったとしても強姦と同じだ。そうエレンは思っている。
避妊具なしのセックスはしないこと、それはリヴァイと取り決めたルールのはずだった。エレンは責任のないセックスはしたくない。負うべき責任はしっかり果たしたい。だから慎重になる。セックスは常に妊娠の可能性を孕んでいる。そのこと自体に異存はない。セックスが快楽のためだけにある行為でないことをエレンは知っている。寧ろ本来の目的は子を宿すことであると言って良い。
子供とは。エレンは考える。子供とは本来愛し合う二人の同意の下、望まれて授かるべきだ。そして授かった生命には当然責任を持つべきだ。子供を持つ準備を万端に整えて初めて、子を宿すセックスは営まれるべきである。子供を持つのに、生半可な覚悟では駄目だ。子供の育成には金も根気も時間もかかる。子供を持つことが幸せでないはずがない。しかしそれと同じくらいの辛苦も同時に存在することは事実だ。子供には惜しみない愛情を注いでやらねばならない。そしてそれは、精神的であることは勿論の上、物理的な愛情も必要なのだ。妊娠するとは、親になるということは、責任を持つということは、大変なことなのだ。全部ひっくるめて覚悟の上、そして子を持つ環境を完全に整えてから、妊娠の可能性を孕むセックスは行われるべきだと、エレンは固く信じている。生命を預かる覚悟も準備もないのなら、セックスの際に避妊具を装着することは絶対条件である。
エレンはリヴァイに子供という重荷を乗せたくなかった。子供をリヴァイが望んでいないなら尚更だ。彼女の未来は彼女のものだ。自由であるべき彼女の将来を、一夜の過ちで永遠に縛り付けることなどエレンはしたくない。彼女を思って、エレンは今まで口を酸っぱくして挿入の際はゴムをつけるように言ってきたのだ。全部彼女のためだったのに。
それなのに、だ。それなのにリヴァイは何の覚悟もなく間違いを犯した。
エレンは怒っていたが、それ以上に悲しんでいた。
リヴァイが一時の快楽のために、その身を危険に晒したからだ。
エレンの大切にしていたものを、いとも容易く傷つけようとしたからだ。
そう責めたエレンに対し、悪びれもせず「ピル飲んだから大丈夫だろ」とリヴァイは言った。とうとう、エレンは堪忍袋の緒を切った。ちょっきんした。
何も分かってない、分かろうともしないリヴァイに向かって自身の婚約指輪を投げつけ、エレンは家を飛び出した。
以来一週間、エレンはリヴァイの待つ家へ帰っていない。

「また鳴ってるよ、ケータイ」
うんざりした口調でアルミンは俺のスマートフォンを指さした。俺は無言で携帯端末を確認した。リヴァイさん、表示されたディスプレイに無視を決め込む。着信音は鳴りやみ、またすぐに鳴りだした。
「ねえ、着信拒否したら? うるさい」
ここ一週間ずっと鳴りっぱなしのスマートフォンは、今日も変わらず電池を消費している。 「わりぃ。でも敢えて電話に出ないんだっていうことを分からせたいんだ」
エレンの声は刺々しい。大分頭にきているなと、アルミンは肩を竦めた。エレンが手馴れた様子でサイレントモードに移行する。音が鳴りやむ。最初からそうしてほしかった。 「いつまで僕の家にいるつもり?」
リヴァイの家を出て、転がり込んだ先はアルミンの家だった。リヴァイはアルミンの存在こそ知っているが、家の住所までは知らない。
「いつまでも」
アルミンは深い溜息を吐いた。迷惑をかけていることは重々承知の上だが、こればかりは仕方ない。
「彼女、謝ってるんでしょ? 許してあげたら?」
恐らく早く家から追い出したいのだろう、アルミンはしつこく食い下がる。
「何に対しての謝罪か分かってないから、やだ」
ただ謝れば良いというその根性が気に入らない。
求めているのは理解と反省だ。何がいけないことなのか、そしてもう二度と同じ過ちを繰り返さないように。
「じゃあそう言ってあげなよ」
アルミンの声は存外冷たい。何でだ? と思って目線を合わすと、友人はとても真剣な顔をしていた。ああそうか。追い出したいんじゃない。心配しているんだ。
「言葉が足らないのは君の欠点だよ、エレン」
ふむ、とエレンは考える素振りをした。しかしアルミンの言葉に頷くつもりはない。何故なら、エレンはちゃんと言葉を尽くして妊娠の危険性のあるセックスをしたくないのはリヴァイのためだと語ったからだ。エレンは同じ轍を踏むつもりはない。エレンの言葉を分かろうとしなかったのはリヴァイだし、今回はリヴァイが全面的に悪い。
「あと、自分一人で決めつけるのもね」
彼女の話はちゃんと聞いてあげたの?
確かに、リヴァイのためを思ってエレンは彼女を妊娠させたくなかったが、リヴァイ本人に妊娠の意志があるかどうかをエレンは聞いていなかった。
エレンは自分の思考の雲行きが怪しくなっていくのを感じた。
エレンはセックスでリヴァイを傷つけたくなかったが、リヴァイはセックスを望んでいた。同じように、エレンは彼女を思うあまり妊娠を忌避していたが、リヴァイが妊娠を望んでいたら?
冷や汗が頬を伝う。そんな訳ないとは言い切れない。そんな無責任なことを言いたくもなかった。
だがしかし。今妊娠することは時期尚早だ。リヴァイは社会人一年目で、エレンはまだまだ学生である。今身籠ってしまえばリヴァイに大きな負担がかかるのは、火を見るより明らかだ。当然リヴァイもそんなこと分かっているのだろうと思っていた。でも本当に? それでもエレンとの愛の証を、とリヴァイがそう望んでいたら?
分かっている。ここで考えたって何も始まらないということは。
顔を青白くさせたエレンに、アルミンは同情的な眼差しを向けた。
「話し合いは大事だよ。お互いに、ね?」
アルミンは本当に頼りになる奴だ。何でもお見通しで、そして口では敵わない。
「帰る」
「そうして」
「わりぃ、今度何か奢る」
「じゃあ焼肉ね」
特上カルビね、無邪気に笑うアルミンにお礼を告げて、エレンは一週間ぶりの我が家へ戻るべく足を踏み出した。







持つべきものはアルミンだ






2013/6/29
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