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リヴァイは飲み屋が嫌いだ。不潔で汚らしい、喧しい。どれもリヴァイの癇に障る。それでもリヴァイが現在居酒屋の席に甘んじて座っているのは、ひとえにハンジの誘いを断れなかったからだ。忌々しいことにハンジには借りがある。とても癪だが、自分の性格が義理堅いことをリヴァイは知っている。
大学卒業後久しぶりに会うハンジは、相変わらずの腹立たしい笑みをリヴァイに向けた。楽しいことが何もないならば滅多に笑うことのないリヴァイには、ハンジの笑みほど不気味なものはない。長い付き合いだが何を考えているのか分からないその笑みに警戒しながら、リヴァイは焼酎を呷る。騒がしい店内の中、会話はハンジの一方的だ。
「エレンとは変わらず仲睦まじいようだね、嬉しいよ」
ハンジはリヴァイの左手薬指に収まったシルバーリングを見て目を細める。
リヴァイとエレンの仲が順調だからといってどうしてハンジが嬉しいのか、意味の分からないリヴァイは相槌すら打たない。
ハンジにはお世話になっていると気負いのあるエレンが、ご丁寧にもハンジに婚約の件を報告したことを、リヴァイは自らそのメールを確認したので知っている。仲良さげにメールのやりとりをする二人に、ハンジ相手にもつまらぬ嫉妬心を抱く浅ましさをリヴァイは自覚済みだ。ハンジはリヴァイの強欲に気付いているのかもしれないが、一向に気にした素振りは見られない。ハンジのそうした性格に、リヴァイは何度も助けられてきた。同じくらい何度も迷惑を被られてきたが。
「そんな幸せ絶頂の君に、婚約祝いだよ」
上機嫌で告げるハンジは鞄(サマンサ・タバサだ)から取り出したものをリヴァイの眼前に掲げる。いかにも怪しいというような、ハート形の小さな瓶だ。中で正体不明な液体が揺れる。
「香水か?」
「ううん。もっととってもイイモノ」
にやぁ、といやらしく笑うハンジに嫌な予感しかしなくて、咄嗟に「いらねぇ」と断っていた。
「まあまあ、そう言わずに。これはね、」
ガシャン! とどこかでグラスか皿を落としたのだろう、けたたましい音が聞こえた。しかしハンジとリヴァイの間だけ空間が切り取られたかのように、ハンジの言葉はまっすぐにリヴァイに届いた。
「催淫剤だよ」
マンネリ防止に使ってよ。
悪戯気に笑うハンジに悪意はない。あるのは純粋な好意と大きな好奇心。
ハンジのお節介は今なお健在だ。
マンネリとは言いがかりも甚だしいものである。リヴァイはエレンを退屈させたことなどないと自負している。セックスはいつだって刺激的で、淫蕩に溢れ、甘美で淫らだ。エレンも泣いて悦んでいる。しかしハンジにそんなエレンの様子を一から十まで説明する義理はない。
不機嫌なリヴァイにハンジは臆さない。
「副作用はない。安全安心折り紙つきだ。エレンには一害も与えない」
心配しないで。
ハンジの手の中で揺れる魔法の小瓶を、リヴァイは胡乱気な目つきで見た。







使うはすべてあなた次第






2013/6/29
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