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ここ一年でエレンの身に起こった変化は筆舌に尽くし難い。リヴァイと付き合うようになったのはその筆頭だが、そのリヴァイと同棲を始めたことも大きな変化だった。大学進学とともに始めた一人暮らしが、まさか一年で終わるとはエレンは思ってもみなかった。
リヴァイは大学卒業と同時にエレンとの距離が物理的に開くのが嫌で嫌で堪らなかったらしく、突然の同棲宣言に渋るエレンを無視してさっさとエレンのぼろアパートを引き払ってしまった。エレンとしてはリヴァイの厄介になりたくなくて渋っていたのだが、ある日大学から帰ったら突然自分の帰るべき場所がなくなっており、腕を広げて待ち構えていたリヴァイに飛び込むより他なかった。
そうして強引に推し進められた同棲生活は、今のところ順調だ。
同棲を始めて初めて振る舞われたリヴァイの手料理は、今も忘れることはできない、ステーキだった。塩も胡椒も振られていない、ただ焼かれたに過ぎない肉塊に、ステーキソースかけりゃあ十分だろと言うリヴァイはとても豪快だった。リヴァイの持論に、頷いたのはエレンだ。そうしてステーキは、美味しくエレンの腹に収まった。それにエレンだってリヴァイを笑うことはできない。一応一人暮らしは一年したけれど、自分が作るものといったらインスタントラーメン一択だった。それでも一生懸命働いて帰ってくるリヴァイに美味しいものを食べさせたくて、エレンは日々特訓中なのである。平日朝はリヴァイが、夜はエレンが、土日祝日は二人でせっせと飯をこしらえている。なんだか新婚さんみたいだなと、エレンは気恥ずかしく思う。
リヴァイを煩わせたくなくて、エレンは部屋を必要以上に散らかさないように気を使っているし、掃除も丹念に行っている。掃除に関しては一発でリヴァイの及第点を貰えたことはまだないが、不思議なことに部屋を汚すことについてリヴァイがエレンに口喧しく何かを言うことはない。本来潔癖症のリヴァイが、赤の他人と生活スペースを共有することがどういうことなのか、エレンは分かっているつもりだ。エレンは彼女に、とても大切にされている。彼女の気遣いや優しさに触れる度、同棲して良かったなと素直に思える。
「お前、今日の予定は」
朝ごはんを一緒にとりながら、リヴァイが尋ねた。一日の予定を報告することは、同棲を始めてから課せられた義務の一つだ。
エレンは求められるままに、今日の予定を粗方話していく。いつもと変わり映えのない内容だが、今日は一つだけ付け足すことがあった。
「あと、携帯見て分かっていると思うんですが、今日飲み会です。十時に終わるので十一時には帰ってこれます」
エレンのスマートフォンをチェックすることは、リヴァイの日課の一つだ。これも同棲をするようになってから始まった。
その日一日の予定を、朝必ず嘘偽りなく報告すること。
夜必ずスマートフォンを差し出し、メール、着信履歴をチェックさせること。
服は必ず、リヴァイの見立てたものを着ること。
エトセトラだ。
大学を卒業して、昼間エレンに会うことができなくなったリヴァイは、どうやら本当にエレンのことが心配で心配で仕方ないらしい。成人間近な男をつかまえて無用な心配だと思うけれど、そう言ったって納得してくれそうもないのだから、心配性の彼女のために言われた通りに行動することは吝かではない。
「飲み会なんか行くな」
「何度も言ってるでしょう? 定例会を兼ねてるから、参加は絶対なんです」
不機嫌を隠そうともしないリヴァイに言って聞かせる。
エレンに嫉妬心がないのは周知の事実だが、そんなエレンが本来持つべきだった嫉妬心と合わせても余りあるほど、リヴァイは嫉妬深い。結局、度を越す心配性もその独占欲の一端を担っているに過ぎない。同棲しているのに。それ以上の答えがエレンにはない。リヴァイ以外の者に目が行くはずないのに、リヴァイはちっとも分かっていない。
「心配なんだよ。飲み会なんかにお前を放り込んでみろ。あっちでキャーキャー、こっちでキャーキャー言われんだろ」
俺がいるのに。
そう呟くリヴァイは、もしかして拗ねているのだろうか。
エレンは、自分がそうモテる存在だとは思っていない。何せリヴァイが現れるまで、お付き合いなどしたこともなかったのだから。それなのに何故こうも彼女が疑り深いのかというと、運の悪いことにリヴァイは二度ほどエレンが告白された場面を偶然目にしているからなのだった。
一度目はリヴァイとエレンが付き合う前で、その子について特に接点もなかったエレンは丁重に断った。エレンにはそれだけのことだったのだが、それだけに留まらなかったのがリヴァイだ。当時エレンに対して恋慕の情を薄々感じていたリヴァイは、しかしその気持ちを素直に認めることができないでいた。自分らしからぬ暖かな情を初めて抱いたことに戸惑っていたし、放っておいても勝手に後ろをついてくるエレンに安心していたのも事実だ。だがその光景を前にして、エレンが自分以外を選び自分以外の人間を隣に置くことができるという可能性をまざまざ見せつけられた。
あいつは俺のものでなければならない。
恋というよりもはや執着だった。暖かいなんてとんでもない、その情は火傷しそうなくらい何よりも苛烈であった。
自覚したリヴァイの行動は早かった。多少強引ではあったが無事エレンを自分の隣に置いた矢先である、リヴァイが目撃した二度目の告白現場はもっと酷かった。なんとあの人類最強と名を馳せたリヴァイに臆することなく、彼女がいてもいいから関係を持ってほしいとその尻軽女は迫ったのである。ふざけんなあいつの初めては俺が貰うんだと逆上したリヴァイが現場に踏み込むよりも早く、エレンはその申し出をすげなく断った。今思えば当然だ。エレンの貞操観念は一昔前の生娘同前だったのだから。
しかしエレンの意志に関係なく、エレンを狙う輩などそこかしこに潜んでいる、それがリヴァイの懸念なのであった。いざとなれば、力尽くでも強引に事を進めようとする輩も出てくるだろう。それはリヴァイ本人が一番に証明している。
「リヴァイさんが心配することなんて、何にもありませんよ」
そうは言っても、だ。リヴァイは溜息を吐く。
よく見れば中性的な顔立ちは愛らしくもキリっとしていてたくましく、柔らかに跳ねる美しい髪は思わず手を伸ばしてみたくなるほど。何よりあの魔性の瞳だ。リヴァイすら恐れずひたむきな眼差しを向けるそのまなこ、小生意気そうな新緑の目はリヴァイのいっとうお気に入りで、誰の目にも触れさせたくない。華奢な身体はリヴァイの手によってとても素直で従順で、快楽に弱い。対してその意志は頑固で曲がることも知らずまっすぐだ。かと思えば気心の知れた相手にはおおらかで、頼もしく、とても優しい。惚気ではない。エレン・イェーガーという存在はどこをとってもチャーミングなのだ。知らぬは本人ばかりである。
「虫よけ代わりに買うか」
実はずっと、機会を窺っていたリヴァイである。これは良い機会だ。
「何を?」
無意識に小首を傾げるエレンは、その愛らしさが留まることを知らない。リヴァイは目を細めてその姿を網膜に焼き付けた。今日も一日頑張れる。
「婚約指輪」
リヴァイの言葉に、エレンは目を見開いた。しかしすぐに苦笑に変わる。
「そういうのって、俺から渡すものじゃないんですか?」
「働いているのは俺だ。俺から贈らせろ」
元よりエレンに首を縦に振らせる以外の選択肢を与えるつもりはない。リヴァイは了承の返事が聞けるまで逃がさないように、食事中であったエレンの手を握った。
エレンはリヴァイの小さな掌を逆に手に取って、恭しく手の甲に口付けた。エレンからのささやかなスキンシップに胸が高まる。今が平日の朝じゃなかったら、飛び掛かってむしゃぶりついていたところだ。
「じゃあ、結婚指輪は俺から贈らせてくださいね」
そう言って茶目っ気たっぷりに笑うエレンは、今日も可愛さが絶好調だ。







指輪であなを縛れたのなら






2013/6/29
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