inserted by FC2 system








金曜日





「いらっしゃいま……あっ、」
「あっ」





 その瞬間、エレンとリヴァイはやっと自分の好きな人を見つけたのだった。なにせあれだけ語った好みのタイプが、目の前に現れたのだから、自覚するしかなかった。
 二人の間に一瞬沈黙が落ち、その隙間を縫うようにして、店内のBGMが切り替わる。エレンは知らないかもしれないが、昔ドラマの主題歌として一世を風靡した曲だ。エレンでさえ、曲自体は聞いたことがあるだろう。イントロ部分が高らかに鳴る。それはエレンとリヴァイの心音とシンクロしていた。
「えと、いつも来てくれますよね。今日も、ドリップコーヒーですか?」
「あ、あぁ。月曜日から常連になったんだ」
 初めての業務以外の会話に、心が浮足立つ。店内のメロディーは不器用な恋を歌っている。
「あ、職場がここから近いんですか」
「あぁ、……いや。通り道だが、それだけじゃない。俺はもともと紅茶派だからな」
 エレンが狼狽えた。慌ててメニュー票を指し示す。
「えっ、あっ。紅茶のメニューもありますよ」
 それがティーバッグで出てくることを既にリヴァイは知っていた。そのときは、もう二度とこんな店に来るもんかと思っていたのに。
「違う。お前新人だろ」
「あっ、はい。月曜日から」
「そう、だから、月曜日から常連になったんだ。なぁ、名前を教えてくれないか」
 エレンは顔を上げた。二人の視線がぶつかり合う。ここから始まるのだという確信が、二人の胸の内に同時に芽生えた。
 BGMがサビに入って歌い上げる。その奇跡のような瞬間を。
「エレンです。エレン・イェーガー」
「エレン。俺はリヴァイだ。リヴァイ・アッカーマン」
 背後がざわついてきていた。カウンターを占領するのも時間切れだ。
「すまん。長居したな。また来る。またいつものを」
「あ、あのっ、ドリップショートです!」
 気を利かして先輩が作っていたのだろう。エレンは手早く会計を済ませ、そのあと若干まごつきながら、リヴァイにコーヒーを手渡した。
「あぁ、」
 そのとき、ほんの僅かに、二人の指先が触れた。
「っ、またのご来店、お待ちしてます!」
 エレンの声に勇気づけられながら、リヴァイは一歩を踏み出し、やがて店外に出た。いつもの喧騒。いつもの出勤風景。いつもの朝。だが確かに始まった。始まっていたのだ。
 リヴァイは明日もこの店に足を運ぶだろうか。土曜日の朝もエレンはリヴァイにコーヒーを手渡してくれるだろうか。
 しかしリヴァイは知らないのだった。ホットコーヒーが熱いために、紙コップは持ち手の部分に厚手の紙をもう一重巻く。そこにへたくそな字でエレンのプライベートナンバーが書かれていることを。
 リヴァイがエレンと再び会うのはその日の夜の内である。金曜日の朝、ハンジは同僚の顔を見てリヴァイをからかうことはできなかったし、アルミンが駅前でエレンを待つこともなかった。
 二人にとって今日始まった予感も、賢明なるアルミンとハンジにとっては、とっくに予測できたことだったのである。
 彼らは二人に春が来たことを知っていた。桜は満開に咲き、土手沿いの川は水が緩んで水面をピンク色に写していた。
 リヴァイとエレンにもまた、美しい春がやって来ていた。






















2016/4/13
inserted by FC2 system