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火曜日





「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか」
「……ドリップコーヒー。ショートで」
「かしこまりました。少々お待ちください」





 いつもの駅前でエレンを待っていると、やがて人ごみの陰からスラッと現れた長身に、アルミンは目を丸くした。まだ曇り空は昼下がりの空気を凍てつかせ、バイト帰りのエレンも寒そうに身じろいでいるが、そのモッズコートの下はいつものパーカーやセーターなどではなく、襟のついた白いシャツだったからである。見ているアルミンまで、その心もとない薄い布地に身震いする。コートで見えないだけで、ちゃんとカーディガンを着ているだろうが。それでもまだ寒そうだと、アルミンはもう一人の幼馴染の小言を頭の中で思いうかべながら、懸命に口を閉ざした。代わりに口をついて出るのは好奇心である。
「どうしたのエレン。いつもパーカーかセーターの君が制服以外で襟付きのシャツを着ているなんて、これからデートでもするつもり? 随分珍しいじゃないか」
 エレンがデートになんて行くはずないだろうという確信の上で、アルミンはちゃかした。服なんて着られればいいと言うような友人が、シャツ一枚新しくしているのだって、アルミンにはどういう気の変化なのか想像できない。
 エレンは照れ隠しの笑みをサッと顔中に乗せて言う。
「本当にアルミンはめざといな。だが探偵にはまだ遠く及びつかねぇぞ」
 そうしてデートを否定しながら、袖口を戯れに引っ張ってコートの深緑からシャツの白いのを覗かせている。
「……なぁ、このシャツさ、シワシワかな?」
「まぁ若干ね。アイロンかけないと」
 あいろん。エレンの唇がその単語をなぞり、瞳はキラキラと瞬いた。なにか、彼にとって実りある答えをもたらしたのだろうか、自分の発言は。
 エレンはこうと決めたら実直に突き進む。それは誠実と呼ぶより頑固と言う方が近いかもしれない。今その長所でも短所でもある彼の直情さは、寒風や駅構内の人いきれをものともせず頬を紅潮させるに至った。
「そっか……。そうだな! もう大学生になるからな! アイロンくらいかけられるようにならないとな!」
 ぎゅっと握りこんだ拳に彼の決意が伝わってくるが、長年来の親友はエレンのだらしない一面も知っているだけに、長く続くかなと一抹の不安も残る。だがそれ以前に、たかがアイロンごときにそこまでエレンが気負う理由も分からずに、アルミンはただ首を傾げた。
「? 変なエレン」



「どうしたのリヴァイ」
 給湯室に顔を出したハンジは、同僚の首にかかったネクタイを見てとぼけた声を投げかけた。ちょうどコーヒーに蜂蜜を垂らしていたリヴァイは無言で黒い液体を啜るに留める。 「そのネクタイ、いつもより若干若者向けじゃない?」
 無遠慮な人差し指がネクタイを指し、そのままタイの布地を突こうと迫ってくるので、たまらずリヴァイは一歩下がってその魔の手から逃れた。
「お前はいつも俺のネクタイを気にしてんのか?」
 もしそうなら心底気持ち悪いな。そう低い声で付け足すリヴァイは、じっとインスタントコーヒーの横に置かれたマイ蜂蜜ボトルに視線を注いだままだ。
 ハンジは口を尖らせた。リヴァイの悪態など慣れたものだ。
「なによ。いつも黒か灰色でじっみーなネクタイしかつけてこないくせに。それが今日に至っては深緑に翼モチーフのワンポイント! こりゃ見逃せっていう方が無理だね」
 ハンジの眼鏡が鋭く光って、その向こうから興味津々のまなこが不気味に映っている。リヴァイは鋭く舌を打った。それは拒絶か、はたまた照れ隠しか。
「俺がどんなネクタイつけようが勝手だろうが」
 ふぅん。ハンジはゆっくり同僚の仏頂面を眺めた。
「そりゃあリヴァイの勝手だけど。なんか変なの」
 火曜日の昼休憩の一幕である。






















2016/4/13
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