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月曜日





「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「……コーヒー。ブラックで」
「ドリップコーヒーですね。サイズはいかがいたしましょうか」
「……いちばんちいせぇやつ」
「ショートサイズですね。かしこまりました」





 冷たい風が頬を刺す。日が落ちればいくらか緩んでいた気温もあっというまに冬へと逆戻りだ。夕方、始めたばかりのバイトを終えたエレンの労をねぎらうべく、アルミンは駅前に立っていた。図書館からの帰途、バイト帰りのエレンと合流するのがこの駅前だった。
 横断歩道の向こうから、モッズコートの前襟を口元まで覆ったエレンがやってくる。近くまで来れば、彼の小ぶりな鼻頭が赤くなっているのも見てとれた。
「お疲れ様」
「おー」
 寒がりのくせに手袋をしていない指先が、必死で暖を取ろうと握っているのは紙コップだった。まだ中身が十分にあるのか、うっすら湯気が出ている。
「何飲んでんの?」
「コーヒー」
 エレンは温もりを求めて湯気で湿ったカップの縁に口をつけるが、ちょっぴり舐めたぐらいで盛大に顔を歪めている。友人が大の甘党で、コーヒーに代表される苦味にとことん弱いのは周知の事実だ。
「珍しいね。苦手なのに。ブラックコーヒー」
 どんなに悪友のジャンにからかわれても、頑なにミルクオレ以上カフェオレ未満のボーダーラインを守って口にしてきたエレンだ。コーヒーゼリーを食べるときだって、コーヒーフレッシュを人の二倍三倍はかけないと食べようとしないのに。
「いいだろ。オレももう大学生になるんだから。大人の男はブラックを飲むもんなのさ」
 そう言ってまた舐めるようにちびりとコーヒーを口に含んでは顔中に不得手を隠しきれないエレンを、アルミンは微笑ましく見ていた。
「エレンたら恰好つけちゃって」
 そういうお年頃なのかな。エレンの長年の親友であり同級生でもあるアルミンは自分の年を棚に上げた。



「あら珍しい。リヴァイが飲み物に蜂蜜入れるなんて」
 給湯室で蜂蜜のボトルを片手に目を眇めている同僚を見て、ハンジは驚きの声をあげた。リヴァイは扉の外で素っ頓狂な声をあげるハンジを確認することもなく、ガンつけているといってもいいほどの真剣さでボトルを押し、……そっと蜂蜜を一筋垂らした。職人のような手つきと鬼気迫る目つきだ。
「って、いやまってよ。蜂蜜? 買ってきたのリヴァイがわざわざ? 蜂蜜を? 甘いもの好きじゃないくせに。そんなボトルで?」
 なにそれ興味深いね! 目を爛々と輝かせるハンジは、このままだと狭い給湯室に突撃しかねない。リヴァイは実に冷え冷えとした一瞥をくれた。
「うるせぇなぁ。ここはお前の実家か何かか?」
「職場でマイ蜂蜜ボトル持って必死の形相でコーヒーに垂らしてる人に言われてもねぇ……」
 最初のテンションをいくらか落ち着かせた様子でハンジは給湯室に入り、リヴァイと肩を並べた。肉と脂肪の塊が人の形を作っている前衛的なデザインの施されたマグカップはハンジ専用だ。いつ誰が作ったのか分からないフラスコに淹れられたままの冷めたコーヒーをハンジは自分のマグカップに注いだ。リヴァイはそのおぞましい光景を視界に入れないように、そっと視線を逸らした。
「……衝動買いは俺だってする」
「あれまぁ」
 ハンジはおかしな声をあげ、正体不明の黒い液体をひとくち飲んだ。

















2016/4/13
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