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ナルトの耳はネコの耳





 ベッドの上に腰かけて、カカシはナルトを振り返った。
「大丈夫か」
「……なんとか」
 ベッドの主であるナルトはその身をぐたりと横たえて、擦れた声で答える。激しい運動の後、息をするたびに剥きだしの肩の稜線が動いていた。カカシは目を細めてそのさまを見ている。夜のしじまに、ナルトの金糸がさらさらと流れる。くしゃくしゃの髪の間から、いまだ赤い耳の先が覗く。
「耳、弱かったんだな」
 戯れに耳たぶを擦れば、むずがるナルトがかぶりを振る。
「ゃだって……」
「お前とさ、付き合うなんて夢みたいだ。でも夢じゃないんだな。こうして知らなかったお前を知っている」
 あまりいじめすぎると拗ねられてしまいそうで、深く追わずに手のひらを移動させる。いつもやってやるように頭を撫でれば、ほっと体の力を抜くナルトがあまりにも可愛らしい。
「それなんだけどさ……」
「うん?」
 ナルトが身じろぐ。カカシと目線を合わせたナルトの目尻は赤い。気まずそうに迷う素振りを見せてから、ナルトは恐る恐るのていで切り出した。
「誰にも言わねぇんでほしいんだ」
 そのひとことは、まろやかで温かな気持ちを揺蕩っていたカカシの胸を鋭く突き刺した。
「え、どうして」
「だって、恥ずかしいだろ」
「お前、恥ずかしいの」
「うん……」
 目元だけでなく、頬まで赤くなっている。そうか。ナルトは恥ずかしいのか。オレとの関係が。
「そうか……」
 カカシはそう呟くだけで精一杯だった。



 ハァ。出てくる溜め息は重い。あの一夜が明けて、日常はつつがなく送っているものの、咽喉の小骨よりはるかに煩わしく、胸に突き刺さったナルトの言葉が気にかかっている。
 ナルトの「恥ずかしい」はどこからきた羞恥心なのだろう。十六歳で恋人のできた羞恥心か、まさか同性同士のことか、それとも恋人が年の離れていることへのか、元担当上忍現上司のところも引っかかっているのかもしれない、はたまたすべてひっくるめた「はたけカカシ」の存在だったら。あまりに怖くてあの夜以来ナルトの家へ赴けていない。単純に任務もあったが、それ以上にナルトにことの詳細を聞くのは気が重かった。しかし聞かないわけにもいくまい。せっかく両想いになれたというのに。まさか体を繋げた直後に破局の危機を感じるなんて、御免蒙りたかった。
「ハァ……」
「先輩、溜め息何回目ですか。どうしたっていうんです」
 隣で後輩は困り顔だ。引っ張ってきたくせに、ろくに喋らず酒も飲まず、ひたすら溜め息量産期に徹しているカカシに、テンゾウもほとほとうんざりしているのだろう。それでもカカシを案じるテンゾウに、カカシも知っていて居酒屋まで連れてきた。
「ナルトのさぁ、」
「ナルトがどうかしたんです?」
 カカシがやらかして新生七班をテンゾウ――ヤマト――に任せてから、彼は彼なりにナルトへの親しみを持っている。能面のように無表情だった後輩が、身を乗り出してナルトを心配する姿は、なるほどリーダーとして好ましく見えるだろう。
 きっと自分もそうだった。能面ではないけれどマスクの下に本心を隠して、いや、自分の気持ちなんてないように抑圧して、幼い下忍たちを指導していた。あの子たちの純真さが、たくましさやずる賢さが、カカシの胸を叩いたのだ。そうしてナルトに、なによりあの子にひときわ強く胸を打たれて、離れていた期間は己の無力にうちひしがれ、甘い思いへの自覚は針のむしろに立たされたようにむず痒く、胸を掻き毟りたくなるほど耐え難い日々だった。やっと帰ってきたナルト。やっと思いを通じ合わせた末に「恥ずかしいから黙っていてくれ」だもんなぁ。
 あの夜の赤い耳を思い出す。カカシが触れると、ナルトは骨抜きにされたみたいに変声期を終えた声を甘く震わせて泣いたのに。
「ナルトの耳はさ、ネコの耳だって知ってた?」
「はぁ?」
 それは関係を明かしてくれるなと言ったナルトへのせめてもの意趣返しだった。わけがわからず首を傾げるテンゾウは、「ナルトの耳が……」とあいつの顔を思い出しているのだろう。
「僕が見たときは人間の耳でしたけど……、あっ、九尾の封印が解けかけたときは長い耳みたいなものが見えましたよ」
 なにか関係があるんでしょうか。真剣に悩みだしたテンゾウを見て、カカシはまた溜め息を吐いた。
「お前って、良い意味でも悪い意味でも真面目だよね……」
 なんですかそれ。と憤慨したテンゾウの声は聞き流した。



「先生!」
 それから数日後、顔を真っ赤にしたナルトが家まで怒鳴りこんできた。かんかんに怒っているナルト。胸のつっかえが取れぬまま身に覚えのない怒りを抱いているらしいナルトに、ひたすら戦々恐々としているオレ。
「なんでヤマト隊長に話しちゃったんだよ!」
「なんのこと?」
 今日は新生七班で任務があったのか。その際テンゾウが余計なことをナルトに吹き込んだのかもしれない。テンゾウめ、付き合ってくれたのだしと奢ってやったのに、恩を仇で返すとは。
「オレの耳のこと!」
 ナルトの耳はネコの耳。居酒屋で散々テンゾウに話したのは、ナルトの耳はネコのようで、撫でればゴロゴロとうっとりするんだということ。
「今日ヤマト隊長にみんなの前でからかわれて、めっちゃ恥ずかしかったんだからな!」
 あの日、三回はナルトの耳のことを語った日、確かにオレはテンゾウに口止めをしなかった。でもだって内緒にしておくようなことではない。オレたちの関係に比べれば。それだってナルトが黙ってくれというから、自分は里中に自慢したくても我慢しているのに。お前が、オレと付き合っていることを「恥ずかしい」なんて言うから。
「お前がそんなに恥ずかしがり屋さんだったなんてねぇ。ちゃんとオレたちが恋人同士だってことは黙ってやったのに、それでもお前は不満なの」
 大人気なくイライラしている。今日までずっと胸につっかえていたものが、耐え切れずに飛び出しそうだ。ねぇなんで、お前はオレと付き合うことが「恥ずかしい」だなんて言うの。
「お前の耳がすごく弱くて、撫でたり擦ったり甘噛みしたらネコみたいに鳴くだなんて、どうして言っちゃだめなの。そんなに恥ずかしいこと? オレと付き合ってること」
「別に先生と付き合うことは恥ずかしくねぇし誰に言ってもいいけど! 耳が弱点だってのは恥ずかしいから言わないでって、オレ言ったじゃん!」
 サイやサクラちゃんには絶対知られたくなかったのに!
「そう、オレと付き合ってることは恥ずかしくないの。……えっ」
「えってなんだよ、先生。まさか忘れてたのか?」
「いや、ちゃんと覚えてたんだけど、てっきり」
 てっきりオレはな。勘違いしてたみたいなんだ。
 あまりの恥ずかしさと勝手に疑ったナルトへの申し訳なさに、カカシは顔から火が噴きでそうになりながら、なんとか説明した。

「……先生。だっせぇな」
「いやお前の言い方にも問題があったと思うよ」
「人のせいにしない!」
「……はい」
 項垂れたカカシに、ナルトは自分が怒っていたことも忘れてしまう。ぽんぽんとそのほうき頭を撫でた。しょげた先生を見るのは新鮮だ。先生が言っていた「知らなかった」先生を知るってこういうことなのかな。
「まぁ、もう知られちまったのはしょうがねぇよな。もう良いってばよ」
「……お前の弱点さ、耳は神経の集まってるところだからみんなそれなりに敏感だし、お前だけの弱点ってことはないと思うよ」
 そうなのか。カカシ先生に言われると、本当にそうなんじゃないのかと思えてくるからすごい。カカシは、顔をあげるとナルトを抱きしめた。耳元に熱い息を吹きかけられる。
「ひぁっ!」
「まぁお前は特別敏感だけど、オレだけしか触らせないんだから問題ないでしょ」
 だからなんにも恥ずかしくはないよ。
 そう言って先生はオレの耳を擽るのだった。夜のしじまにネコの鳴き声。













2017/4/29(初出)
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