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34歳と39歳





リヴァイがあまりにも頑なにエレンのことを放さないので、とうとうエレンはこの関係を拒絶することを諦めてしまった。
エレンとて、この境地に至るまで何の葛藤もなかったわけではない。
まず、強姦後エレンはリヴァイを殴った。それからこんこんと同性愛と近親相姦の禁忌、勿論恋愛は個人の自由だ、そうだとしても世間の風当たりは強いこと、家族にそんな非難を浴びせたくないことなどを語ったが、リヴァイの心に響いた様子はなかった。リヴァイの一時の気の迷いなら、大学で、大学卒業後は職場で、素敵な女性との出会いがあればリヴァイの心中も変わるだろうと僅かな可能性に賭けたエレンだったが、三十路を目前にしてもうそんな悠長に構えていられないのだと悟った。強引な策は一度酷い失敗を迎えたが、エレンは非情を貫く決意をした。大学卒業後も変わることなくリヴァイと共同生活を続けていた部屋から飛び出し、行方を眩ませたのである。エレンはこの時点で、もう二度とリヴァイとも家族とも会うつもりがなかった。それはあの強姦の日に一度固めた決意だった。しかしエレンがリヴァイから逃げ出して一か月も経たないうちに、エレンはリヴァイに見つかった。そのまま拉致監禁され、エレンの少ない夏季休暇は、リヴァイが躾と称した性的暴行に費やされた。寝て起きたらセックスする、リヴァイ手ずから食事、入浴、排泄に至るまで管理された生活に、極限状態にまで追い詰められたエレンは負けを認めた。恐らくあの時からエレンの頭は少々おかしくなってしまったのだろう。リヴァイの思いが変わることはないし、例え世間の目が厳しくても、その思いを受け入れること、弟とセックスすることへの罪の意識が、段々エレンの中で薄れていった。この時点で罪悪感など感じる暇を与えないぐらいの頻度と回数で、リヴァイとエレンは性行為に及んでいた。勤め先の夏休みが終わる前にリヴァイの執念を思い知ったことは不幸中の幸いだった。以降リヴァイの監視の目は強くなったが、会社勤めは変わらず続けることができている。
リヴァイとの関係を割り切ってしまえば、エレンはリヴァイに好意的だった。何せ何度強姦されたにも関わらず、リヴァイを見限ることができなかったエレンだ。
リヴァイに優しくされれば、ころころと坂道を転がるようにリヴァイへの情を募らせていった。エレンの意志に反したセックスにだって、彼はエレンを手荒に扱ったことがない。エレンがリヴァイを受け入れてからは、彼の不器用な優しさは一心にエレンにのみ向けられていた。エレンだって一人の人間だ。誰かに思われれば嬉しいし、その思いを返してやりたいと誠意を尽くした。それが愛情というのかはエレンには分からなかったが、リヴァイは己からエレンが離れないのであれば、エレンの情が家族愛でも同性愛でも性愛でも気にしないらしかった。
そしてエレンをリヴァイから離さない決定的な言葉があった。
今際の際に母が言った「兄弟二人でずっと仲良くね」という言葉。
在学中はともかく、卒業後リヴァイが社会人になってからも共に暮らしてきたのだ。それ以前に、思春期の男が二人そろって風呂もベッドも一緒なんて、誰がどう考えても奇妙なことだった。
恐らく母は、エレンが気付く前からずっと早く、リヴァイの思いに気付いていて、エレンが諦める前からずっと早く、二人の関係を認めていたのだ。一人残された父のことまではどうなのか分からないが、この年になっても独り身を貫く兄弟は親から見合いを進められたことがない。
例え世間が認めてくれなくても、血の繋がった家族には二人の関係を受け入れてもらえたことに、エレンの強張った価値観はまた緩んだ。「まぁいっか」と、「もういっか」が重なった。エレンがどうしようとも、リヴァイはエレンを掴んで放さない、エレンから離れることもできないだろう。例えそのせいでリヴァイに、もしくは二人に不幸が襲ったとしても、二人で耐えれば良いし、二人でしあわせを掴めば良い。
エレンはリヴァイとの関係を許した。 以来二人の仲は、ずっと良好だ。
「なぁ、」
眠りに落ちていく思考を引き留めるように、エレンが声をかけた。
薄眼を開いたリヴァイがその柳眉を片方上げる。
当に三十を過ぎたおじさん同士(エレンは四十も間近だ)は、変わらず一つのベッドで眠っている。狭いのが嫌で大きいサイズのベッドを買ったが、二人の距離はその意味をなしていない。しかし隣り合って眠ることが、二人の変わらない姿だった。幼少時からずっと。
ずっと、そう、ずっと、エレンには疑問があった。他愛のない問いかけが、不思議なことに今まで言えなかった。どうして、その一言が。
「どうしてお前は、俺とずっと一緒にいたいんだ?」
リヴァイがここまでエレンを求める理由が分からなかった。
何故今更このようなことを聞いたのか、もっと早くに聞くこともできた。例えばあの誕生日の夜、無理に行為を強要された時に聞いても良かった。逆にずっと聞かないままでも良かったのだ。どんな理由であれ、エレンがリヴァイから離れることはもうないのだから。
リヴァイがその薄い唇を開く。その眼差しはずっとエレンに、エレンだけに向けられている。
「お前が、俺を一人にしなかったからな。俺にとってお前と共にいることは当たり前で、かけがえのないことなんだ」
リヴァイの言葉に、エレンは首を傾げる。一人にしなかったとは、泣き虫だったリヴァイを抱いて世話してやった時のことだろうか。当時赤子だったリヴァイに、その時の記憶はないはずだ。しかしそれ以外に、エレンには思い当たる節がない。
「お前に俺を捧げてやる。だからお前も俺にくれ。グズ野郎、いい加減共に生きる覚悟を決めろ」
リヴァイの両手が、エレンの頬を包む。額が合わさり、次いで唇同士が重なり合う。
夜のしじまに、小さなリップ音が木霊した。
「分かったよ」
リヴァイの粘り勝ちで、エレンの絆され負けだった。
エレンは寝たままだったが、その姿勢でできる限り胸を広げた。
エレンとリヴァイの距離はあってないようなものだったが、その隙間をなくしてやることが、エレンがリヴァイにできることだ。
ずっとリヴァイに求められてきたエレンが、自分から求めるのはこれが初めてかもしれない。
「来いよ、抱きしめてやるから」
エレンの言葉にリヴァイが驚きに目を見開いたのも束の間、小柄な身体が胸にすり寄ってくる。
背中に回されたリヴァイの手が、エレンのシャツを掴む。
リヴァイは幼い頃から変わらない。リヴァイの甘えん坊に辟易しながら、それでもエレンは彼を大事にしていた。エレンはリヴァイのお兄ちゃんで、今ではリヴァイのパートナーでもあった。
共に生きるリヴァイに、エレンがしてやりたいこと。
エレンはリヴァイの頭を抱き寄せながら、誓いの言葉を言ってやった。
「正真正銘、ずっと一緒。生涯懸けてお前のこと、甘やかしてやるよ」



平和を掴んだ人々の手によって繋がれた命が、何世代何十世代と続き、やがて二つの命が生まれた。命は芽吹くことをやめず、生まれた命はやがて自我を持ち、思い合い、情を交わし合い、ずっと一緒に生きる決意をした。今この時、かつて一人の青年が残した願いは、やっと成就を遂げる。残念ながらその稀有な奇跡を知る者は誰一人としていなかったが、それでも世界は美しさを寿ぐように、連綿と散らばる星々だけが、その奇跡の瞬間を前にして瞬いていた。














2013/7/4
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