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18歳と23歳





徐々にリヴァイから距離を置こうと計画したエレンだったが、リヴァイ直々にその計画は叩き潰された。
世界とはままならない、思うようにいってはくれないものである。
エレンより数ランク上の優秀な大学にリヴァイは進学した。
それはとても良いことだ、不幸なことであったのは、その大学が実家から通うよりエレンの一人暮らし先で通学した方がずっと便利だったという点だ。五年前エレンに有利に働いた地理的条件は、今度はエレンに仇なしたのである。
だが、これだけならリヴァイと共に暮らす必要などなかった。リヴァイもエレンのアパート近くで適当な住居を探せば良い、そう思っていたエレンに両親は頭を下げた。
リヴァイはエレンが頻繁に帰ってくるようになってから、それこそ過去の暴虐非道な行いがまるで嘘だったかのように落ち着いたが、一人暮らしを始めてまた非行に走るようなことがあっては元も子もない。エレンが社会人になった今、時間の都合がつかなくなることは目に見えていて、リヴァイに寂しい思いをさせないように一緒に暮らしてほしい、と言うのだ。
エレンとしては、自分が大学を卒業するまでにはリヴァイの問題にケリをつけたかった。しかし抱えた問題は依然として根深く、このままでは両親の危惧するところが突飛な発想からではないことも事実だった。思った以上に立てた計画が長期プランになってしまったことにエレンは唸ったが、腹をくくるしかなかった。リヴァイとは血の繋がった兄弟なのだから、半端なことはしたくなかったのだ。
リヴァイがエレンとの共同生活に渋る理由はない。
エレンはその可能性を少し期待していたが、寧ろ大学先を決めたのはエレンと一緒に暮らしたかったからなのではと疑ってしまいたくなるほど、早々に準備を整えたリヴァイはまるでずっとここで暮らしていましたという顔でエレンのアパートに転がり込んできた。
そうして始まった二人の生活は、概ね順調だった。
あの時までは。

エレンとの生活が始まり数か月経ち、リヴァイの十九歳の誕生日がやってきた。
飲酒は後一年待ってもらわなくてはいけないが、弟が年を重ねたことについて祝う気持ちは当然ある。
男一人がケーキ屋に赴くことに羞恥心は勿論抱いたが、それでもエレンはリヴァイのためにバースデーケーキを買ってやった。男二人でも食べられる、小さいホールケーキだ。
今までは家族で誕生日を祝ってきたが、今日はリヴァイとエレン、二人だけなのである。わざわざ帰省してまで両親に祝ってもらいたいわけではないだろうから、二人きりであることに不満はないが、リヴァイに寂しい思いをさせないためにも、ケーキという存在は大事な演出だった。エレンは弟思いのお兄ちゃんなのである。
ローテーブルを前にして兄弟二人が並んで座っている。
「おめでとう、リヴァイ」
「あぁ」
ささやかながら豪勢な食卓を前にして、リヴァイを祝う。対するリヴァイの返事は素っ気ないものだったが、リヴァイに可愛げがないのはいつものことだ。今更気にしない。
両親の教育の賜物か、はたまた生来の神経質故にか、その気性の荒さからは信じられないほどの優雅な手つきで、リヴァイは食事をする。
過去非行に走り散々両親を悲しませたリヴァイだったが、エレン以外には基本品行方正で良い子なのだ。そういえばリヴァイが誕生日や何気ない日常で、何かを強請って両親を困らせたことはなかった。反対にエレンは、おもちゃやゲームが欲しくて、よく両親に“一生のお願い”をしたものだが。
「なぁ、お前さぁ、一生のお願いとかってあるか?」
突然口火を切ったエレンに、リヴァイはその手を止める。
リヴァイの答えは早かった。まるでその質問がくることを初めから分かっていたみたいだった。
「あるが?」
それが何か? と何でもないことのように言う。
エレンの純粋な好奇心が疼いた。
いつだって何かを求めてこなかったあのリヴァイが、一生を懸けてでも望むもの。
「それって何だ?」
本当に単純な好奇心だったのだ。
リヴァイ相手にエレンが裏心など持つはずもないし、エレンの心中にリヴァイへの疾しい気持ちなど一片もない。
兄弟という関係から逸脱するのを望んだのは、リヴァイだった。
「お前が欲しい」
リヴァイからそんな言葉が出てくることを、エレンは想像だにしなかった。
「は?」
もの覚えの悪い生徒を相手にするように、リヴァイははっきりと、ゆっくりと言った。
「エレン・イェーガーが欲しい」
リヴァイの望みがエレン・イェーガー? 一生に一度叶えられる願いがあるとするなら、実の兄が欲しいなど。
「笑えない冗談だな」
エレンは頬を引き攣らせた。その頬が強張った瞬間、リヴァイは隣に座るエレンの背中の裾を掴んで、その身体を引き倒していた。
「ってぇ…!」
痛みに悶絶するエレンに覆いかぶさり、その肩を押さえつける。感情を窺わせない無感動な瞳がエレンを見下ろした。
「笑う必要はない。冗談じゃねぇからな」
降ってくる声に、状況の異常さに、エレンは目を見開く。
何故エレンは弟に押し倒されている?
「なに…? おい、退けよ」
リヴァイの肩を押す。しかしその逞しい肩はびくともしない。身長こそ抜かされなかったが、並み居るチンピラどもを相手にして、大怪我ひとつ負うことのなかったリヴァイの身体は強靭だ。いつか、その手を振り払うことは簡単なことだったのに、今ではその手に組み敷かれている。力関係は当の昔に逆転していたのだ。
それでもリヴァイはエレンの弟で、弟にマウントポジションを取られたことは、エレンの低くないプライドを傷つけた。エレンの声がつっけんどんになってしまうことも、仕方がないことだろう。
「エレン、一生に一度の俺の願いを叶えてくれるか」
真剣な眼差しでリヴァイが言う。
リヴァイの意図が掴めない。リヴァイのお願いとはエレンが欲しいということで、エレンにその願いを叶えてほしいと言うリヴァイは、エレンを逃さないようにその身体にのしかかっている。
だがどんなに求められても、エレンの答えは変わらない。
「やだよ。俺は俺のもんだし」
リヴァイの願いを、エレンはすげなく断った。エレンにとっては当然の答えだった。
「なら良い」
願いを断られて何が良いのかと、聞く暇は与えられなかった。
リヴァイは上半身を傾け、エレンとの距離を失くした。
兄と弟の唇が、重なる。
驚きにエレンは目を見開く。エレンの反応に構うこともなく、リヴァイはその唇を舐め、口付けを深いものにした。
舌が割りこまれ、リヴァイの舌がエレンの口の中を蹂躙する。
弟の舌が熱いことを、エレンはこの時初めて知った。
口内をくまなく触られ、息が漏れる。
弟とこんなことをするなんて、許されないことだ。
常識から外れていたが、共に入浴することも、共に眠ることも、仲の良い兄弟だからと割り切っていた。
だが、キスは。
このキスは、常軌を逸している。
「な、んで」
エレンの呼吸を奪うような長いキスから解放され、エレンは呆然と呟く。
エレンはリヴァイの願いを成就させることを拒否した。それを「良い」と言ったのはリヴァイだ。それなのに何故、こんなことをする?
「お前がお前のもので、俺のものにならなくても構わねぇ。それでも俺とお前がずっと一緒にいることは変わらないから、なら良い」
ずっと一緒だと誓っただろう?
その誓いが果たされるのなら良いのだと零すリヴァイに、エレンの身体に戦慄が走る。エレンはやっと己のした約束の重さを思い知った。
エレンにとってその約束はあくまで、日曜日の一日はずっと一緒で、毎週土日はずっと一緒だということだった。
だがリヴァイにとっては違う。しつこく念を押された「ずっと一緒か?」の言葉の意味は、エレンの生涯を懸けてずっと一緒かと聞かれていたのだ。
そんなことも知らずに、エレンは確約した。ずっと一緒にいてやると。
「違う!」
エレンは声を張り上げた。一体何年、いや十何年越しの勘違いなのだ。たった一言言葉が足らなかっただけで、どうしてこうも歯車は噛み合わなくなってしまうのか。
「何が違う?」
リヴァイはその目つきを更に険しいものにした。普段から目つきが悪いのだ。その迫力に圧倒されそうになる。
「俺はお前と、ずっと一緒にはいてやれねぇ!」
兄弟はいつか離れていく。それぞれの人生を歩むために。いつまでも二人でべったりいることは許されないのだ。
幼い頃は良い。だがお互い自立してしまえば、自然とその距離は開いていくもので、それが兄弟という関係では正しいものだと、ずっとエレンは思ってきた。
「俺たちは兄弟だろう!? ずっと一緒なんておかしい」
そう、おかしな関係だ。今のエレンとリヴァイは。少なくとも兄弟同士はキスなんてしない。兄弟というくくりが二人からなくなってしまえば、一体二人は何者になるのだ?
アイデンティティーの一端すら揺るがされ、エレンはゾッとした。
「なら、兄弟じゃなくなれば良い。恋人同士なんてどうだ?」
そう申し出たリヴァイは、エレンの理解の範疇を超えていた。
血の繋がった男二人が恋人同士に?
狂気の沙汰だ。そんなものになれるはずがない。
エレンとリヴァイは、どこまで行ったって兄弟だ。
その事実が捻じ曲がることはない。
「んなもんなれるわけねぇだろうが! 俺たちはずっと兄弟で、だからずっと一緒になんていられねぇ!」
道理を説くエレンに、リヴァイは鼻を鳴らす。
リヴァイにしてみれば、立てた誓約を十数年隔てて反故にされた形だ。当然愉快に思うはずがない。
リヴァイを分からせようとするエレンを、逆にリヴァイは分からせてやりたかった。
「兄弟じゃ絶対やらないことをすりゃあ良い。恋人同士がやることをな」
リヴァイがエレンを放すつもりなどないことを。














2013/7/4
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