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0歳と5歳





その肉塊を腕に抱いた時、感じたのは高い体温とその重さだった。ずっしりと重たい存在は、静かに呼吸し、エレンの腕の中で身動ぎひとつせず自分を抱いたエレンを見つめている。
あぁ、生きているんだなと思った。
母に「弟ができるのよ」と言われた時は、弟がどんな生物なのか不思議に思ったものだったが、いざその存在と対面してみれば、赤子は猿のように顔をくしゃくしゃにさせていた。幼馴染のミカサが持っていたぽぽちゃん人形とは、似ても似つかない。
「サルみてぇ」
正直な感想を漏らすエレンに、両親は微笑む。
「エレンも赤ちゃんの時は、こんな感じだったのよ」
母の言葉はエレンを驚かせた。「オレが?」こんなに小さい生き物だった時があるなんて、エレンには俄かに信じられないことだった。物心ついた頃から、エレンはずっとエレンだった。エレンの驚愕を父は肯定する。
「そうだよ。だからエレンもこの子が大きくなるまで、世話してあげるんだ。エレンはリヴァイのお兄ちゃんなんだから」
お兄ちゃんという言葉にこそばゆさを感じて、エレンはそれを隠すように「リヴァイ」と弟の名前を呟く。
もう自分の名前を分かっているのか、エレンが自分を呼んだと思ったのか、リヴァイはそのもみじのような手をエレンに向ける。
エレンは、リヴァイに求められている。
まだ幼いエレンにとって、自分を必要としてくれることは数少ない体験だった。その新鮮さ、求められることの甘酸っぱさといったら!
エレンは求められるままに、自分の頬を差し出した。
温もりが、伝わる。
「お前には、兄ちゃんがいてやるからな」
リヴァイが望む限りは、ずっと。
エレンの兄心が芽生えた瞬間だった。
幼い兄弟が寄り添う姿を、両親は微笑ましく見守っていた。

赤子の世話は、まだ園児であるエレンにとって大変だった。
いや、エレン育児で一度経験している両親でさえ、生まれたばかりの命を預かることは生半可な覚悟ではできない。
赤ん坊は泣くものだ。食べて、排泄し、眠り、また泣く。小さな身体のどこにそんな体力があるのかと言うほど、リヴァイはよく泣いた。
それが元気の証なのだと母は言ったけれど、小さなエレンは赤ん坊の泣き声に辟易していた。
そんなエレンの思いを知ってか知らずか、赤子はエレンが抱いてやるとぴたりと泣き止むのだ。まるで魔法がかかったように。お腹が空いて、蒸れたおむつが不快で、理由もなく、どんなに泣き喚いてもエレンが赤ん坊を抱いてその背をあやすと、リヴァイは涙を零すことをやめた。寧ろエレンから引き離されるとより一層声をあげて泣いた。その不思議な現象を受けて、エレンは両親からリヴァイが泣いたら抱いてやって泣き止ませること、できる限りリヴァイの傍にいてやること、ふたつの仕事を一任された。流石に夜泣きにまで付き合わされることはなかったが、エレンが家にいる間は必ず傍にリヴァイがいた。
大好きな母の役に立てることはエレンにとって嬉しいことだ。エレンの仕事ぶりが尊敬する父に認められることは、決して小さくないエレンの自尊心を大いに満足させた。
リヴァイのためというよりは自分のために、エレンは積極的にリヴァイの世話を焼き、自然と兄弟は一緒にいることが当たり前になった。
そう、リヴァイにとって、エレンが傍にいることは当たり前なことだったのだ。
リヴァイの存在は、エレンと共にいることで確立される。
それはエレンも同じだと、兄弟は二人でひとつなのだと信じていたのに、エレンは小学校に入学すると、弟を放り出した。新しい友達ができて嬉しいのだ。しかしエレンと離れたリヴァイは全然楽しくない。エレンがいないと、リヴァイはぐらぐらする。
兄弟でも二人で一緒にいられないなら、リヴァイにとってその関係に価値はない。せいぜい十何年間はエレンと一つ屋根の下に暮らせることくらいの価値だ。
エレンを兄弟として見なくなったのはいつの頃からだったろうか。リヴァイ本人にも分からなかったが、まだ幼かったリヴァイにとってとても早い段階だったのは確かだ。 兄弟に変わる何かを、リヴァイはずっと求めている。
レーゾンデートルに刻み込んでしまったエレンの存在を、リヴァイは放すつもりがない。
エレンとはずっと一緒に生きていくのだと、リヴァイは呼吸するような自然さで信じて疑わなかった。














2013/7/4
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