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13歳と18歳





リヴァイの兄離れは中々達成されなかった。
中学生という思春期を迎えたというのに、一人でエレンがシャワーを浴びていると勝手に風呂場に入ってくるし、狭いと蹴り出してもエレンの布団に懲りずに潜りこんでくる。
両親はそんなリヴァイを「本当にお兄ちゃんのことが好きなのねぇ」と言い、あまつさえ「兄弟仲が良いことに越したことはない」などと微笑むばかりだ。リヴァイの兄への依存心は異常だと、気付いているのはエレンだけだった。
しかしリヴァイが兄を慕っているとしても、その敬意をエレンに向けてくれたことはない。リヴァイはいつの頃からか兄のことを「エレン」と呼び捨てにしていた。
相変わらずリヴァイには友人がいないのか、通う学校が別れてしまったエレンには知る由もない。だがエレンの疑念を肯定するように、リヴァイはまっすぐ家に帰ってきては兄に引っ付き、休日も外出することなくエレンの隣にその身を置いた。このままではリヴァイにはずっとエレンしかいない。エレンの存在がリヴァイの独り立ちを阻んでいると考えたエレンは、幾度もリヴァイに言葉を降らせた。
「いつまでも兄ちゃんばかりに引っ付いてちゃ駄目だ。俺には俺の、お前にはお前の人生がある。友達でも恋人でも好きに作って、お前は俺なしでも生きていけるようにならなくちゃ駄目だ」
エレンの弟を思った真摯な言葉にリヴァイは頷かなかったし、その態度を改めることもしなかった。
例え血の繋がった兄弟であったとしても、所詮一人と一人であることに変わりはない。幼い頃はどんなに一緒にいても、大人になれば離れていくもので、それが普通だ。
兄弟がずっと一緒なんて、ありえない。
同年代より早い時期ではあったが、人一倍自立心の強かったエレンは、家族から距離を置くことを既に決めていた。大学受験を機に、親元を離れる決心をつけたのだ。
別に、リヴァイの存在だけで志望校を決めたわけではない。自分の人生を左右するのだから、ちゃんと自分の行きたいところを選んだ。それでも実家から離れた大学を積極的に調べたのは事実だし、実家が大学の密集する都心より僅かに遠い位置にあることは幸いだった。
本格的に進路を考える時期になると、エレンは両親に大学進学とともに一人暮らしをしたいことを告げた。エレンは例え親に反対されても強行するつもりだった。決意の固い長男に両親は寛大で、エレンはほっと胸を撫で下ろした。リヴァイがテスト勉強で部屋に籠っている隙に打ち明けたことだったので、リヴァイはエレンの引っ越し寸前までその計画を知ることはなかった。
無事志望校に合格したエレンは、引っ越し作業を早急に進めた。エレンの部屋に段ボールが運び込まれて初めてエレンが家を出ていくことを知ったリヴァイは、エレンのシャツの裾を掴んで放さなかった。言っても聞かないリヴァイに分からせるには良い機会だと、エレンはその手を無視して黙々と作業を続けた。
念願叶ったエレンの一人暮らし。
少々強引に事を進めたが、これでリヴァイもやっと兄離れできるだろうと胸を撫で下ろした、その矢先。
リヴァイの非行が始まった。
エレンが両親に助けを求められたのは、エレンの一人暮らしが始まって半年経った頃だ。最初はただの喧嘩だったものが(それもどうかと思うが、エレンも他人のことは言えなかった)、今では警察に厄介になるほどのものであるらしい。あの優等生だったリヴァイが。親を困らせたことがなかったリヴァイが、今は母を泣かせている。電話越し、母が涙を流しながら伝えたリヴァイの現状に、エレンは絶句するしかない。続いて湧いてきたものは、激しい怒りだった。
育ててくれている親に対して、不孝者にもほどがある。
リヴァイに言って聞かせねば気が済まないエレンは、時期外れな帰省を決意した。思えば夏休みは、バイトや遊興に明け暮れて、実家に帰っていなかった。便りがないのは良い便りだと言うし、リヴァイを思ってのことではあったが、甘えたな弟を一人残して家を出て行ってしまったことに少なからず気まずさを覚えていたのだ。
まさかその間にリヴァイが不良どもを血祭りにあげていたなんて、思ってもみなかった。
エレンは帰って早々、出迎えた(帰ってくる日は母に伝えていたのだ)リヴァイの頬を思いきりぶん殴った。
「よぅ、親不孝野郎。何か俺に言うことはあるか?」
申し開きを求めながらこぶしを固めたまま仁王立ちするエレンに、エレンの容赦ないこぶしを受け止めてもなおたたらも踏まなかったリヴァイは、「おかえり」と言った。
「やっと帰ってきたな、エレン」
エレン帰宅を喜んでいるようだった。エレンぐらいにしか分からない微妙な変化で、その目元を緩める。悠長なリヴァイに、エレンは怒りを募らせる。
「ちげぇだろ。お前はなんで親泣かせるような馬鹿やってんだ」
地を這うように低いエレンの声にも意に介さず、リヴァイはエレンの服の裾(腹のあたり)を握る。
「お前が、俺を一人にするからだろ」
寂しかったんだと打ち明けるリヴァイに、頭を殴りつけられたかのような衝撃がエレンを襲った。
エレンがリヴァイの傍を離れた、その孤独を埋めるように、リヴァイは暴力に走ったというのか。
なんて愚かな。
リヴァイに兄離れさせたかったのはエレンだ。しかしそのせいで両親を泣かせることはエレンの本意ではない。
どうすれば良い? どうしたらリヴァイはその愚行をやめてくれるのか。
考えても分からないのなら、直接リヴァイに聞くしかない。エレンはあまり深くものを考えることが得意ではない。
「なぁ、どうしたらお前はその馬鹿な行いをやめられるんだ?」
リヴァイにはまっとうな道を進んでほしい。弟を思う、兄エレンの本心だ。
ほとほと困り切ってしまったエレンに、リヴァイは挑むように告げた。
「傍にいろ。俺から離れるな」
エレンの服の一端を頑なに放さないリヴァイの武骨な手。
エレンと共にいたいというリヴァイの我が儘。
幼い頃から、本当にリヴァイは変わっていない。
エレンは少し反省した。エレンの一人暮らしは、変わらないままでいるリヴァイにとって、急激な変化だったのかもしれない。荒治療は失敗だった。リヴァイの兄限定の甘えたは、時間をかけて治していくしかない。
エレンが通っている大学が実家から遠い事実は変わらない。エレンは一人暮らしをやめるつもりはない。それにエレンが実家暮らしに戻ったとして、毎日リヴァイの傍にいることが、リヴァイの治療になるとは思えない。少しずつエレンがいないことに慣れさせるしかないのだ。エレンが変わらず一人暮らしを続けた上で、リヴァイの望む通りにできる妥協案。
「分かった。土日はお前に会いに帰ってくる」
バイトを辞めることになるだろうが、エレンは奨学金を受け取っているし、有難いことに両親はエレンの大学生活に協力的だ。何とかなるだろう。ならなかったらサークルをやめて平日だけでも入れるバイトを探せば良い。
リヴァイが両親をこれ以上悲しませることがないのなら、リヴァイがいつかエレンがいなくても生きていけるようになるのなら、それくらいの代償を払うことにエレンの躊躇いはない。
「ずっと一緒か?」
強烈なデジャビュ。リヴァイの確認の問いかけにエレンは強く頷く。
「あぁ、ずっと一緒にいてやるよ」
改めてした約束がリヴァイにとってどんな意味があるのか、この時のエレンはまだ知らない。














2013/7/4
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